非従来型超伝導体における熱的ホール効果:ペアリング対称性とボルテックスダイナミクスの探求
「超伝導技術の裏側」へようこそ。本サイトでは、超伝導リニアモーターカーのような広範に知られた応用だけでなく、その基礎科学や様々な形態の超伝導状態、そして応用研究の深部に焦点を当てています。今回は、非従来型超伝導体の研究において強力なプローブ手法として注目されている「熱的ホール効果」について、その物理的基盤と最新の研究動向を掘り下げて解説いたします。
熱的ホール効果の基礎概念
電気伝導におけるホール効果は、電流が磁場中でローレンツ力を受けることによって発生する横方向の電場(ホール電場)として広く知られています。これに対応する熱輸送現象が熱的ホール効果です。試料に温度勾配を印加して熱流を発生させ、同時に試料に垂直な磁場を印加すると、熱流に対して垂直な方向に温度勾配(または熱流)が発生します。この現象を定量的に記述するのが熱的ホール伝導率 $\kappa_{xy}$ です。
熱は様々な素励起によって運ばれます。固体中では、電子(または正孔)、フォノン(格子振動の量子)、マグノン(スピン波の量子)、そして超伝導状態ではBogoliubov準粒子やボルテックスなどが熱キャリアとなり得ます。これらの熱キャリアが磁場中で横方向の運動量を得ることで、熱的ホール効果が発生します。特に、キャリアが帯電している場合や、磁場によって運動に Berry 曲率のような幾何学的位相が付与される場合に、熱的ホール効果が顕著に現れます。
超伝導体における熱的ホール効果の特殊性
超伝導体における熱的ホール効果は、常伝導状態とは異なる特異な振る舞いを示します。超伝導状態では、クーパーペアが熱を運びません(クーパーペアは電荷を持ち、電気抵抗ゼロで凝縮するため、理想的には熱抵抗もゼロとなります)。熱輸送を担うのは主にBogoliubov準粒子と、磁場が侵入する混合状態においてはボルテックスです。
準粒子の寄与とペアリング対称性
超伝導ギャップの構造は、Bogoliubov準粒子の励起スペクトルを決定し、熱輸送特性に大きな影響を与えます。特に、非従来型超伝導体のようにギャップにノードを持つ場合(例:d波超伝導体など)、ノード近傍にゼロエネルギー励起が存在し、これらが有限温度で熱輸送に寄与します。磁場が印加されると、これらの準粒子は磁場中で横方向の散乱を受けたり、運動にベリー曲率が付与されたりすることで、熱的ホール効果に寄与します。
熱的ホール伝導率の温度依存性や磁場依存性は、準粒子励起スペクトルの異方性、すなわち超伝導ギャップの空間構造やノードの有無に関する重要な情報を提供します。例えば、ギャップにノードを持つ超伝導体では、非常に低い温度でも準粒子による熱伝導率がゼロにならず、磁場印加による熱的ホール効果も観測され得ます。等方的ギャップを持つ従来のBCS超伝導体では、温度が十分に低ければ準粒子が凍結し、熱伝導率や熱的ホール伝導率はフォノン散乱のみに支配される傾向があります。非従来型超伝導体において観測される非ゼロの低温熱的ホール効果は、ギャップのノード構造や、時間反転対称性の破れを伴うカイラルなペアリング状態など、ペアリング対称性を議論する上で極めて重要な手がかりとなります。
ボルテックスの寄与とダイナミクス
第二種超伝導体が外部磁場中に置かれ、その強度が下部臨界磁場 $H_{c1}$ を超えると、磁束量子を含むボルテックス(磁束線)が格子状に侵入し、混合状態となります。この混合状態では、ボルテックスが熱キャリアとしても機能し得ます。温度勾配が存在すると、ボルテックスは熱力学的な力(熱勾配に起因するエントロピーの輸送に伴う力)を受け、移動します。同時に、外部磁場が存在するため、このボルテックスの運動にはマクロなローレンツ力(またはそれに対応する力)が働き、結果として熱流に垂直な方向へのボルテックスの運動(クリープやフロー)が発生し、これが熱的ホール効果として観測されます。
ボルテックスによる熱的ホール効果の符号や大きさは、ボルテックスコアにおける準粒子の状態、ボルテックス格子(または液体)のダイナミクス、そしてボルテックス自身の「質量」や摩擦係数といった有効的なパラメータに依存します。特に、時間反転対称性を破る超伝導状態では、ボルテックスの運動に起因する熱的ホール効果が特異な振る舞いを示すことが理論的に予測されており、実験的な検証が進められています。ボルテックスの熱的ホール効果の研究は、超伝導体におけるエネルギー散逸機構や非平衡ダイナミクスを理解する上で重要な側面です。
研究事例と今後の展望
熱的ホール効果測定は、実験的な難易度が高い手法ですが、非従来型超伝導体の特性解明において強力なツールとして活用されてきました。例えば、銅酸化物高温超伝導体における初期の研究では、低温での有限の熱的ホール伝導率がd波ペアリングの証拠の一つとされました。また、最近では、鉄系超伝導体、重いフェルミオン系超伝導体、またはトポロジカル超伝導体候補材料における熱的ホール効果の測定を通じて、これらの物質におけるギャップ構造やペアリング対称性、あるいは新たな準粒子励起(例:マヨラナ準粒子に関連する熱輸送)の存在が精力的に探索されています。
特に、カイラル超伝導体のように時間反転対称性が破れた超伝導状態では、熱的ホール効果がフォノンやボルテックスの運動に起因する大きな寄与を持つことが期待されており、実験的な検証が待たれています。また、最近注目されているモアレ超格子超伝導体や原子層物質における熱的ホール効果の研究は、低次元性や相関効果が熱輸送と超伝導に与える影響を理解する上で重要な知見をもたらす可能性があります。
まとめ
熱的ホール効果は、超伝導体における準粒子やボルテックスといった熱キャリアの運動を磁場中でプローブすることにより、超伝導ギャップの構造、ペアリング対称性、時間反転対称性の破れ、ボルテックスダイナミクスなど、非従来型超伝導体の深遠な物理を解き明かすための重要な実験手法です。実験技術の進歩と理論的な枠組みの深化により、今後さらに多くの非従来型超伝導体において熱的ホール効果測定が実施され、超伝導の微視的なメカニズムや新たな量子現象の理解が大きく進展することが期待されます。リニアモーターカーとは異なる側面から超伝導の可能性を探る上で、熱的ホール効果研究は基礎科学の最前線を切り拓いています。