理論計算アプローチによる超伝導体の非従来型ペアリング機構解明:第一原理法と格子模型の役割
はじめに
超伝導は、電気抵抗ゼロという特異な現象を示す量子相であり、その基礎研究から応用まで幅広い分野で活発に研究が進められています。特に、リニアモーターカーに代表されるような大電流・強磁場応用だけでなく、量子コンピュータ、高感度センサー、低損失送電など、多岐にわたる分野での応用が期待されています。
一方、超伝導体の微視的な機構、特にクーパーペアを形成する引力相互作用の起源を理解することは、新しい超伝導材料の探索や超伝導特性の向上に不可欠です。従来のBCS理論はフォノン媒介によるペアリングを説明しましたが、高温超伝導体や重いフェルミオン超伝導体、鉄系超伝導体など、多くの非従来型超伝導体では、磁気揺らぎや電荷揺らぎといった電子相関に起因するメカニズムが示唆されています。
これらの非従来型超伝導体における複雑な多体相互作用が織りなすペアリング機構を解明するためには、実験的な手法に加え、高度な理論計算アプローチが不可欠となります。本稿では、超伝導体の非従来型ペアリング機構を理解するための主要な理論計算手法、特に第一原理計算と格子模型アプローチに焦点を当て、それぞれの役割と最新の研究動向についてご紹介いたします。
非従来型超伝導と理論計算の課題
非従来型超伝導体は、BCS理論の枠組みでは説明が困難な様々な特徴を示します。例えば、高い転移温度、異常な同位体効果、特定の秩序(反強磁性、電荷秩序など)との競合・共存、非自明なペアリング対称性(d波、p波、f波など)などが挙げられます。これらの現象は、電子間のクーロン相互作用が強く、フォノン相互作用よりも支配的である強相関電子系でしばしば見られます。
強相関電子系の理論的な取り扱いは極めて困難な多体問題です。電子の運動が他の電子の運動に強く影響されるため、個々の電子の自由な運動を仮定する単粒子近似が破綻します。このため、系の基底状態や励起状態、さらには超伝導状態といった量子相を正確に記述するためには、電子間の相互作用を厳密に考慮した計算手法が必要となります。
理論計算は、これらの課題に対して様々な角度からアプローチします。第一原理計算は、物質の基本的な構成要素(原子核と電子)と量子力学の法則から出発して、パラメータを用いずに物性を予測することを目指します。一方、格子模型アプローチは、現実の物質の物理的な特徴を抽出して単純化された模型を構築し、その模型に対して様々な手法を適用することで本質的なメカニズムを理解しようとします。
第一原理計算アプローチ
第一原理計算は、系の電子構造や格子構造、フォノン分散などを精度良く計算する強力なツールです。密度汎関数理論(DFT)は、多体電子系の基底状態エネルギーが電子密度の関数として一意に定まるという定理に基づき、実用的な計算手法として広く用いられています。DFTは、比較的弱い相互作用を持つ系や、格子構造の最適化などに有効ですが、強相関電子系における強いクーロン相互作用を正確に記述することには限界があります。
この限界を克服するために、様々な拡張手法が開発されています。例えば、局所的な強相関効果を取り込むLDA+U法や、より厳密に強相関効果を扱う動的平均場理論(DMFT)と組み合わせたLDA+DMFT法などがあります。これらの手法を用いることで、強相関系における電子の局在・遍歴の性質や、金属-絶縁体転移、そして磁気的な秩序といった重要な物理量を計算することが可能となります。
超伝導研究においては、これらの第一原理計算手法を用いて、以下のようなアプローチが取られます。
- 電子構造とフェルミ面の計算: 超伝導体の電子状態、特にフェルミ面の形状やネスティング(Fermi surface nesting)特性は、特定のペアリング不安定性の可能性を示唆します。
- フォノン分散と電子-フォノン結合: フォノン媒介超伝導の場合、フォノン分散関係や電子-フォノン結合強度の計算は、BCS理論における転移温度の予測に不可欠です。
- スピン・電荷揺らぎの計算: 強相関系では、スピンや電荷の揺らぎがペアリング引力となり得ます。第一原理計算に基づいたランダム位相近似(RPA)や、より高度なGW+DMFTといった手法を用いることで、これらの揺らぎスペクトルを計算し、ペアリング機構への寄与を評価します。例えば、鉄系超伝導体における異方的スピン揺らぎがs±波ペアリングを駆動するという理論的予測は、このようなアプローチによってなされています。
- 超伝導ギャップ関数の計算: 拡張された第一原理計算手法と超伝導理論を組み合わせることで、特定の対称性を持つ超伝導ギャップ関数を計算し、実験的に観測されるギャップの異方性やノード構造と比較検討することが行われています。
これらの第一原理計算は、特定の物質における電子構造や相互作用の具体的な情報を与え、なぜその物質が超伝導体になるのか、あるいはどのような超伝導状態を示すのかを微視的に理解する上で非常に強力です。
格子模型アプローチ
格子模型アプローチは、物質の本質的な物理を捉えるために、現実空間や運動量空間を格子点に離散化し、そこに存在する電子間の相互作用を単純化されたハミルトニアンで記述する手法です。最も基本的な強相関模型として、ハバード模型やt-J模型が挙げられます。ハバード模型は、サイト間の電子のホッピングと、同一サイト上での電子間のクーロン反発(オンサイトクーロン相互作用U)のみを考慮します。t-J模型は、強いクーロン相互作用の極限で有効な模型であり、ホッピング項とスピン間の交換相互作用(J)で記述されます。
これらの模型を用いる利点は、物質の詳細なバンド構造に依存せず、相互作用の種類や格子の対称性といった普遍的な側面から、様々な秩序相(超伝導、磁気秩序、電荷秩序など)の出現条件や競合・共存を系統的に調べられる点にあります。特に、銅酸化物高温超伝導体におけるd波超伝導の発現機構は、ハバード模型やt-J模型における反強磁性スピン揺らぎを介したペアリングとして盛んに研究されてきました。
格子模型に対する理論的手法は多岐にわたります。
- 数値計算手法: 有限サイズの系に対して厳密対角化を行う方法、量子モンテカルロ法(QMC)、密度行列繰り込み群法(DMRG)などがあります。これらの手法は、比較的小さい系や特定の状況(例えば一次元系)では非常に高い精度で計算できますが、系サイズや次元、クーロン相互作用の強さによって計算コストが爆発的に増加するという限界があります。
- 解析的手法: 平均場近似、繰り込み群、摂動論などがあります。これらの手法は比較的大きな系にも適用可能ですが、近似が含まれるため、結果の精度や信頼性は手法に依存します。例えば、 Dynamical Mean-Field Theory (DMFT) は、無限次元極限での格子模型を解く手法であり、局所的な相関効果を効果的に取り込むことができます。
最近では、これらの格子模型アプローチが、ツイスト二層グラフェンなどのモアレ超格子系における相関電子物性や超伝導の理解にも応用されています。特定のツイスト角で出現するフラットバンド構造を持つこれらの系では、電子間の相互作用がバンド幅に比べて相対的に強くなり、超伝導を含む多様な相関電子相が出現します。格子模型を用いることで、このような系のペアリング機構や多体相図を理論的に予測・解析する試みが進められています。
計算と実験の連携、そして将来展望
理論計算は、単に物性を予測するだけでなく、実験結果の解釈に重要な示唆を与えたり、新しい実験計画の指針となったりします。例えば、特定の材料系で観測された超伝導ギャップの異方性が、理論計算で予測されたペアリング対称性と一致するかどうかを確認することで、その超伝導機構の妥当性を検証することができます。また、理論計算によって予測された新しい材料や相関電子現象を実験的に探索することも、研究を推進する重要なアプローチです。
逆に、実験データは理論計算のモデルやパラメータを検証・改良するために不可欠です。例えば、角度分解光電子分光(ARPES)による電子バンド構造やフェルミ面の測定、中性子散乱や共鳴非弾性X線散乱(RIXS)によるスピン・電荷揺らぎスペクトルの測定、走査型トンネル顕微鏡/分光法(STM/STS)による局所的な電子状態や超伝導ギャップの測定などは、理論計算の結果と比較され、モデルの精度向上に貢献します。
将来的に、計算資源のさらなる向上や、より高度な計算アルゴリズムの開発により、現実の物質をより正確に記述できる大規模な第一原理計算や、より複雑な格子模型に対する精緻な数値計算が可能になると考えられます。これにより、未解明な非従来型超伝導体のペアリング機構の特定、新しい超伝導材料のインバースデザイン(要求される特性から材料構造を逆算して設計すること)、さらには非平衡状態における超伝導ダイナミクスといった、現在の理論計算では困難な課題にも取り組めるようになるでしょう。
結論
超伝導体の非従来型ペアリング機構の解明は、凝縮系物理学における最も挑戦的で魅力的な研究テーマの一つです。本稿で述べた第一原理計算や格子模型といった理論計算アプローチは、この複雑な問題に対して微視的な視点から深く切り込み、電子構造、相互作用、そしてペアリング機構の本質を理解する上で不可欠なツールとして機能しています。
これらの計算手法はそれぞれ得意とする領域や限界を持ちますが、相互に補完し合い、実験的な発見と密接に連携することで、超伝導研究は常に前進しています。リニア応用のような目立つ「超伝導技術」の背後には、こうした基礎的な理論計算による探求と理解が、技術革新の礎として確かに存在しているのです。今後も理論計算研究は、未踏の超伝導状態や新しい超伝導材料のフロンティアを開拓していく上で、極めて重要な役割を担っていくと考えられます。