超伝導技術の裏側

超伝導体における熱力学的不均一性:局所プローブが明らかにする超伝導ギャップ・転移温度の空間的揺らぎ

Tags: 超伝導体, 不均一性, 局所プローブ, STM, 高温超伝導体, 材料科学

はじめに

超伝導現象は、特定の材料を臨界温度以下に冷却した際に電気抵抗がゼロとなり、内部から磁場が排除されるという、巨視的な量子現象として知られています。理想的な超伝導体は、材料全体で均一な超伝導状態を持つと仮定されることが多いですが、現実の材料、特に非従来型超伝導体や複雑な組成・構造を持つ系では、超伝導状態が空間的に不均一である場合がしばしば観測されます。この熱力学的不均一性は、超伝導の発現機構、特性、そして応用上の課題と密接に関連しており、その物理的理解は超伝導研究における重要なテーマの一つです。

本稿では、リニアなどの応用分野で広く知られるバルク超伝導体とは異なる視点から、超伝導体における超伝導ギャップや転移温度といった熱力学的なパラメータの空間的な揺らぎに焦点を当てます。特に、走査型トンネル顕微鏡/分光法(STM/STS)をはじめとする様々な局所プローブ技術が、この不均一性をどのように明らかにしてきたか、そしてそれが超伝導体の本質的な物性にどのような示唆を与えるかを深掘りして解説いたします。

超伝導体における不均一性の物理的起源

超伝導体における空間的な不均一性は、様々な要因によって引き起こされます。主な起源としては、以下の点が挙げられます。

  1. 材料の不均一性: 組成の偏り、結晶構造の欠陥(空孔、格子間原子、転位)、粒界、表面効果などが、局所的な電子状態やフォノン特性を変化させ、超伝導ペアリング強度に影響を与えます。特に複雑な結晶構造や、ドーピングによって超伝導が発現する系では、組成のわずかな変動が大きな不均一性を生じさせることがあります。
  2. 電子相分離/競合秩序: 超伝導相以外に、電荷密度波(CDW)、スピン密度波(SDW)、ストライプ秩序、強磁性/反強磁性秩序などの競合する電子秩序が存在する場合、これらの秩序が超伝導相と空間的に分離したり、共存したりすることがあります。これにより、超伝導状態の強さが場所によって異なったり、超伝導ドメインと非超伝導ドメインが混在したりする不均一性が生じます。
  3. クーロン相互作用: 電子間のクーロン相互作用が強い系では、電子の電荷分布が均一でなくなりやすく、これも局所的な超伝導ペアリングポテンシャルに影響を与える可能性があります。
  4. 次元性: 低次元系やメゾスコピック系では、表面や端からの影響、量子効果がより顕著になり、バルクとは異なる不均一性を示すことがあります。

これらの要因は単独で作用することも、複合的に作用することもあり、特に非従来型超伝導体では複数の電子秩序が近接したエネルギー領域に存在するため、不均一性が顕著になる傾向があります。

局所プローブ技術による不均一性の観測

超伝導状態の空間的な不均一性を解明するためには、平均的な情報しか得られないバルク測定ではなく、ナノメートルスケールでの局所的な物性を測定できるプローブ技術が不可欠です。

走査型トンネル顕微鏡/分光法(STM/STS)

STM/STSは、清浄な試料表面の原子レベルの凹凸(STM)と、局所的な電子状態密度(DOS)(STS)を同時に測定できる強力な手法です。超伝導状態では、フェルミエネルギー付近に超伝導ギャップが開くため、STSによって測定されるDOSは特徴的な形を示します。このSTSスペクトルを試料表面上の様々な位置で取得し、超伝導ギャップの大きさや形状をマッピングすることで、超伝導ギャップの空間的な分布を直接観測することができます。

特に、$dI/dV$曲線として得られるSTSスペクトルから、超伝導ギャップ ($\Delta$) の大きさ、コヒーレンスピークの位置や高さ、ギャップ内のDOSなどを分析することで、BCS型超伝導体におけるギャップの均一性だけでなく、非従来型超伝導体におけるギャップの異方性や、ギャップ内の状態(例えば、不純物やヴォルテックスコア近傍に現れる準粒子束縛状態)の空間分布を調べることが可能です。高温超伝導体における「擬ギャップ」状態の空間的な性質や、超伝導ギャップとの関連性を議論する上でも、STSは重要な役割を果たしています。

その他の局所プローブ

STM/STS以外にも、様々な局所プローブが超伝導体の不均一性研究に活用されています。

これらの手法は、それぞれ異なる物理量(電子状態密度、磁場、電気応答)を測定するため、組み合わせて用いることで、超伝導体の不均一性の多角的な理解を深めることが可能です。

超伝導ギャップと転移温度の空間的揺らぎ

局所プローブによる研究から、多くの超伝導体において超伝導ギャップの大きさや、実効的な転移温度が空間的に大きく変動していることが明らかになっています。

超伝導ギャップの空間的揺らぎ

STSを用いた研究は、特に銅酸化物高温超伝導体において、超伝導ギャップの大きさがナノメートルスケールで数10%も変動していることを示しています。このギャップの不均一性は、ドーパントの分布不均一性、または電荷秩序や擬ギャップ状態との競合・共存に起因すると考えられています。鉄系超伝導体においても、組成の不均一性やスピン秩序との競合に由来するギャップの空間的変動が報告されています。

興味深いことに、超伝導ギャップがゼロに近い領域がクラスターを形成し、試料全体としては超伝導を示すにもかかわらず、局所的には常伝導に近い領域が存在することがあります。これは、超伝導状態が試料全体に均一に広がっているのではなく、超伝導性の強い領域が連結してマクロなゼロ抵抗状態を形成している、一種の「超伝導パーコレーション」的な描像を示唆しています。

転移温度(Tc)の空間的揺らぎ

局所SQUID顕微鏡や局所電気測定によって、超伝導転移温度(Tc)そのものも空間的に揺らいでいることが観測されています。これは、材料の不均一性や局所的な電子相によって、超伝導が最も安定に存在できる温度が場所によって異なることを意味します。Tcが低い領域は超伝導状態になりにくく、磁場や電流に対する応答が常伝導に近い性質を示す可能性があります。

このTcの空間的揺らぎは、マクロな超伝導転移がシャープに起こらず、幅広い温度範囲で常伝導状態と超伝導状態が混在する原因の一つとなります。特に、不均一性の大きい系では、最もTcが高い領域が最初に超伝導になり、それが連結していくことでマクロな超伝導が実現すると考えられています。

不均一性がマクロ物性に与える影響

超伝導状態の空間的な不均一性は、臨界電流密度 ($J_c$)、臨界磁場 ($H_c$)、比熱、輸送特性などのマクロな超伝導物性に大きな影響を与えます。

これらの影響を理解し制御することは、高温超伝導線材や薄膜などの応用を目指す上で極めて重要です。材料合成プロセスの最適化や、人為的な欠陥導入によるピン止めサイト制御などは、不均一性を管理し、物性を向上させるための試みと言えます。

最新の研究動向と展望

近年では、局所プローブ技術の進展により、より高分解能で、多様な環境下(低温、磁場印加下、非平衡状態など)での局所測定が可能になっています。例えば、超低温STMによるミリケルビン領域での測定は、より詳細な電子状態密度分布や準粒子束縛状態の解析を可能にしています。また、時間分解局所プローブの開発は、超伝導ダイナミクスの空間的な不均一性を捉える可能性を秘めています。

理論研究においても、不均一性を考慮した超伝導モデルや、密度汎関数理論(DFT)などの第一原理計算と組み合わせた局所物性予測が行われています。実験結果と理論計算を比較することで、不均一性の物理的な起源や、それが電子構造やペアリング機構に与える影響の理解が進んでいます。

今後の展望としては、不均一性を単なる「望ましくないもの」として扱うだけでなく、積極的に制御することで新しい機能性や物性を引き出す研究が期待されます。例えば、ナノ構造を作製して超伝導状態の空間パターンを設計したり、局所的なドーピングや歪みを制御することで、超伝導性を変調したりする試みなどが考えられます。

まとめ

超伝導体における超伝導ギャップや転移温度の空間的な不均一性は、材料科学、凝縮系物理学、そして超伝導応用研究において無視できない重要な課題です。STM/STSをはじめとする局所プローブ技術は、この不均一性の様相をナノスケールで直接的に明らかにするための強力なツールであることを示しました。不均一性の物理的起源、その観測手法、そしてマクロな超伝導物性への影響に関する深い理解は、超伝導現象の本質に迫るとともに、高性能な超伝導材料やデバイス開発に向けた重要な指針を提供すると言えます。今後も、局所プローブ技術の発展と理論研究の連携により、不均一性が超伝導体にもたらす複雑で豊かな物理現象の解明が進むことが期待されます。