超伝導体における光誘起非平衡状態:メカニズムと超高速ダイナミクス
はじめに
超伝導体は、特定の条件下で電気抵抗がゼロとなり、マイスナー効果を示す量子物質です。平衡状態における超伝導相は、クーパーペアの凝縮によって特徴づけられる巨視的な量子状態です。しかし、外部から光を照射するなどしてエネルギーを注入すると、超伝導体は平衡状態から大きくかけ離れた非平衡状態へと遷移します。この光誘起非平衡状態は、クーパーペアの破壊、準粒子の生成、フォノンの励起など、平衡状態では観測されない多様な素励起ダイナミクスを伴います。これらの非平衡現象を理解し制御することは、超伝導の基礎物理の深化だけでなく、テラヘルツ波検出器、超高速スイッチング素子、さらには非平衡を利用した新奇超伝導相の探索といった応用においても極めて重要です。本稿では、リニア以外の応用につながる光誘起非平衡超伝導状態に焦点を当て、その主要なメカニズムと、特に超高速ダイナミクスを解明するための実験手法について深掘りします。
超伝導体の光応答と非平衡状態の生成
超伝導体に光が照射されると、そのエネルギーはまず電子系や格子系に吸収されます。光子のエネルギーが超伝導ギャップエネルギー $2\Delta$ を超える場合、クーパーペアは破壊され、2つの準粒子(Bogoliubov準粒子)が生成されます。このプロセスは、超伝導秩序を担うクーパーペアを減少させ、常伝導状態への遷移を引き起こす要因となります。同時に、吸収されたエネルギーは電子-電子散乱、電子-フォノン散乱、フォノン-フォノン散乱といった様々な緩和過程を経て、最終的に熱として系外に散逸していきます。
光励起によって生成された準粒子は、エネルギー分布が平衡状態から変化します。平衡状態では、フェルミ準位近傍に準粒子は存在しませんが、非平衡状態ではギャップより高いエネルギー状態に準粒子が多数生成されます。これらの準粒子は、再結合してクーパーペアを形成するか、またはフォノンとの相互作用を通じてエネルギーを失い、エネルギー空間のより低い状態へと緩和します。準粒子の緩和過程は、超伝導体の種類(BCS型か、非従来型か)、材料パラメータ(電子-フォノン相互作用の強さ、不純物散乱など)、そして光励起の強度やパルス幅に依存して多様な振る舞いを示します。特に、準粒子の再結合によって放出されるフォノン(再結合フォノン)が、再び他のクーパーペアを破壊する「フォノン・トラッピング」効果は、非平衡ダイナミクスにおいて重要な役割を果たします。
光誘起による非平衡状態は、単純な温度上昇(熱的効果)によるものとは異なる場合があります。特に短パルスレーザーを用いた超高速励起では、電子系と格子系の間に一時的な非平衡状態が生まれる(非熱的効果)。このような非熱的なプロセスは、平衡相図からは予測できない一時的な超伝導状態の変調や、時には超伝導相の増強(光誘起超伝導)を引き起こす可能性が指摘されています。
超高速ダイナミクスの解明手法:ポンプ・プローブ分光
光誘起非平衡状態の超高速ダイナミクスを時間分解して観測するためには、ポンプ・プローブ分光法が不可欠です。この手法では、時間幅の短い(ピコ秒~フェムト秒)光パルスを試料に照射して非平衡状態を生成(ポンプ光)、その直後から時間遅延を与えながら別の光パルス(プローブ光)を照射し、試料の状態変化をモニターします。プローブ光の検出方法によって、様々な素励起のダイナミクスを観測することが可能です。
代表的なポンプ・プローブ分光法には、以下の種類があります。
- 光時間領域分光(Optical Time-Resolved Spectroscopy): 励起光とは異なる波長や偏光のプローブ光を用い、反射率や透過率、カー回転などの変化を時間分解して測定します。これにより、準粒子の緩和、相転移ダイナミクス、コヒーレントフォノンの励起などを観測できます。超伝導体においては、超伝導ギャップの変化に敏感な特定の周波数帯での応答を測定することで、クーパーペア密度の回復過程などを追跡できます。
- THz時間領域分光(THz Time-Domain Spectroscopy: THz-TDS): ポンプ光で励起した後、テラヘルツパルスをプローブ光として使用し、その電場波形や透過率・反射率の変化を時間分解測定します。テラヘルツ周波数帯は超伝導ギャップエネルギーに相当することが多く、超伝導体の複素導電率 $\sigma(\omega) = \sigma_1(\omega) + i\sigma_2(\omega)$ に敏感です。特に $\sigma_1(\omega)$ の変化から準粒子のダイナミクス、$\sigma_2(\omega)$ の変化から超流動密度(クーパーペア密度)の回復過程を直接的に観測できる強力な手法です。
- 時間分解X線回折/散乱: シンクロトロン光源やX線自由電子レーザー(XFEL)を用いた時間分解X線測定により、光励起による結晶構造の変化や電荷・スピン秩序のダイナミクスを追跡できます。超伝導と競合・共存する電荷密度波(CDW)やスピン密度波(SDW)における光誘起相転移ダイナミクスなどを解明する上で有効です。
これらの手法により、クーパーペアの破壊・再結合時間、準粒子の冷却時間、フォノンの寿命、さらにはコヒーレントに励起された素励起の緩和・デコヒーレンス過程など、超伝導体における様々な超高速ダイナミクスが明らかになってきています。
代表的な材料系での観測事例
光誘起非平衡ダイナミクスの研究は、様々な超伝導材料系で展開されています。
- 従来型超伝導体: NbN, Pbなどの薄膜において、テラヘルツポンプ・テラヘルツプローブ分光により、超伝導ギャップの減少と準粒子緩和、超流動密度の回復が観測されています。典型的には、準粒子緩和時間は数ピコ秒から数百ピコ秒程度であり、フォノン・トラッピング効果によって遅延されます。
- 高温銅酸化物超伝導体: YBCOやBi2212などの高温超伝導体では、擬ギャップ状態、電荷・スピン秩序との競合など、複雑な電子状態を持ちます。光励起による超高速ダイナミクス研究から、超伝導ギャップの回復とは別に、擬ギャップや競合秩序の緩和ダイナミクスが観測されており、これらが超伝導ダイナミクスにどのように影響するかが議論されています。また、特定の励起条件で一時的なTc上昇や超伝導相の増強が観測された例もあり、非平衡状態を利用した超伝導相の制御の可能性を示唆しています。
- 鉄系超伝導体: 鉄系超伝導体では、スピン密度波や軌道秩序と超伝導が競合・共存します。時間分解分光により、これらの秩序と超伝導ダイナミクスの相互作用が研究されており、秩序変数間のエネルギー移行過程などが明らかになりつつあります。
- トポロジカル超伝導体候補物質: 最近注目されているトポロジカル超伝導体候補物質においても、光誘起ダイナミクス研究が進められています。特に、マヨラナ準粒子などのトポロジカルな励起と超伝導ギャップダイナミクスとの関連が模索されています。
応用への展望と課題
超伝導体の光誘起非平衡状態は、超高速デバイスへの応用が期待されています。例えば、光照射によって超伝導状態から常伝導状態へ超高速にスイッチングする性質を利用した、テラヘルツ波の変調器やスイッチが開発されています。また、超伝導体を用いた超高速光検出器や、非平衡準粒子冷却を利用した極低温デバイスも研究されています。
しかし、非平衡ダイナミクスの詳細なメカニズム、特に非熱的効果による超伝導相制御の可能性については、まだ未解明な点が多く残されています。励起エネルギー、パルス幅、波長、温度といったパラメータが非平衡状態に与える影響、材料固有の電子構造や相関効果との関係などを詳細に理解する必要があります。また、より高いTcを持つ材料や、新規な非平衡超伝送状態を創出するための材料設計指針の確立も重要な課題です。ポンプ・プローブ分光技術の高度化(空間分解能の向上、より幅広い周波数・時間スケールのカバー、組み合わせ測定など)も、これらの課題解決に不可欠です。
結論
超伝導体における光誘起非平衡状態の研究は、超伝導の基礎物理を非平衡の視点から深掘りすると同時に、超高速エレクトロニクスや量子情報処理への応用可能性を秘めた活発な研究分野です。光励起によって生成される多様な素励起の超高速ダイナミクスを、時間分解分光法を用いて詳細に解明することは、超伝導の新たな側面を理解する上で極めて重要です。今後、非平衡状態のより深い理解が進むことで、リニア以外の領域における超伝導技術のブレークスルーが期待されます。