超伝導技術の裏側

超伝導体における高周波・テラヘルツ応答:クーパーペアと準粒子のダイナミクス、および検出・分光への応用

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はじめに:なぜ超伝導体の高周波・テラヘルツ応答が重要か

超伝導体は直流抵抗ゼロという特異な性質を示しますが、交流応答、特にギガヘルツ帯からテラヘルツ帯といった高周波領域における応答は、その超伝導状態の微視的な構造やダイナミクスを反映する重要な情報源となります。この周波数領域は、多くの超伝導体における超伝導ギャップエネルギーに対応することから、クーパーペアの生成・破壊や準粒子の励起といった素励起のダイナミクスを直接的にプローブすることを可能にします。また、超伝導体の低損失性と非線形性を利用した高周波・テラヘルツデバイスは、高感度な電磁波検出、精密な分光、さらには将来的な量子技術における基盤技術としても注目されています。本記事では、超伝導体の高周波・テラヘルツ応答の基礎物理から、非線形応答、そして検出・分光といった応用事例までを深掘りして解説いたします。

超伝導体の高周波応答の基礎理論

超伝導体の交流応答は、その複素導電率 $\sigma(\omega) = \sigma_1(\omega) + i\sigma_2(\omega)$ によって特徴づけられます。ここで $\omega$ は角周波数です。実部 $\sigma_1(\omega)$ はエネルギー散逸(ジュール熱)に対応し、虚部 $\sigma_2(\omega)$ はリアクタンス(エネルギー蓄積)に対応します。

直流($\omega=0$)では、理想的な超伝導体では $\sigma_1(0) \to \infty$(無限大の直流伝導度)となり、$\sigma_2(0) = 0$ です。しかし、有限の交流周波数においては、クーパーペアだけでなく、熱励起された準粒子も電流輸送に寄与するため、$\sigma_1(\omega)$ は有限の値をとります。

超伝導状態における電流は、常伝導電子(準粒子)による電流と、超流動成分(クーパーペア)による電流の和として考えることができます。クーパーペアは抵抗なく超流動電流を運びますが、交流電場下では慣性により応答が遅延し、誘導性リアクタンスのように振る舞います。準粒子は常伝導電子と同様に抵抗散乱を受けますが、超伝導ギャップの存在により、その密度は温度や周波数に依存します。

低周波領域 ($\hbar\omega \ll \Delta$、$\Delta$ は超伝導ギャップエネルギー) では、クーパーペアが応答の大部分を担い、$\sigma_1(\omega) \approx 0$, $\sigma_2(\omega) > 0$ となります。この $\sigma_2(\omega)$ は、ロンドン方程式から導かれる超流動剛性に対応し、電磁場が超伝導体に侵入する深さ(ロンドン侵入長)に関係します。

周波数が高くなり、超伝導ギャップエネルギーに近づく ($\hbar\omega \sim \Delta$)、あるいはギャップを超える ($\hbar\omega > \Delta$) と、事情は大きく変わります。 $\hbar\omega > 2\Delta$ の領域では、フォトンエネルギーがクーパーペアを破壊し、2つの準粒子を生成するプロセスが可能になります。これにより、$\sigma_1(\omega)$ が急激に増加します。一方、$\sigma_2(\omega)$ は周波数の増加とともに減少し、常伝導状態の応答に漸近していきます。 $\hbar\omega < 2\Delta$ の領域であっても、有限温度では熱励起された準粒子が存在するため、$\sigma_1(\omega)$ はゼロではありません。この準粒子による高周波損失は、超伝導デバイスの性能を左右する重要な要素となります。

微視的な理論としては、BCS理論に基づいたクボ公式や、非平衡グリーン関数法などが、超伝導体の複素導電率を計算するために用いられます。これらの理論計算は、実験的に得られる高周波・テラヘルツ分光データと比較することで、超伝導ギャップの大きさ、異方性、準粒子の散乱時間、さらには非従来型超伝導におけるペアリング対称性などを明らかにする上で不可欠です。

テラヘルツ応答の特異性

テラヘルツ(THz)周波数帯域(約 0.1 THz から 10 THz)は、多くの一般的な金属系および高温超伝導体における超伝導ギャップエネルギー ($\Delta$) に相当するフォトンのエネルギー ($\hbar\omega$) を含みます。例えば、Nbの超伝導ギャップは約 1.5 meV であり、これに対応する周波数は約 0.7 THz です。La${1.85}$Sr${0.15}$CuO$_4$のような銅酸化物高温超伝導体では、ギャップは約 20-40 meV に達し、対応する周波数は数 THz から 10 THz 近傍になります。

このエネルギー領域では、フォトンの吸収によるクーパーペアの破壊と準粒子の生成が起こりうるため、テラヘルツ分光は超伝導ギャップ構造を直接的にプローブする強力な手段となります。テラヘルツ透過率や反射率の測定から複素導電率を算出し、その周波数依存性を解析することで、超伝導ギャップの大きさ、その温度依存性、多バンド超伝導体における複数のギャップ構造、ギャップの異方性などを詳細に調べることができます。

さらに、テラヘルツ領域では、超伝導体における集団励起、例えばコヒーレントなクーパーペア密度の振動であるヒッグスモード(振幅モード)や位相モードといったボーズ的な素励起との共鳴も観測され得ます。これらのモードは通常、電磁波とは結合しにくいモードですが、特定の条件下(例えば、非平衡状態下や対称性の破れがある場合)ではテラヘルツ場との相互作用が強まり、分光測定で観測されることがあります。テラヘルツ応答によるこれらの集団励起の研究は、超伝導状態のより深い理解に繋がります。

非線形高周波・テラヘルツ応答

弱い電磁場に対する超伝導体の応答は線形として扱えますが、電場強度が増加すると非線形応答が顕著になります。特に超伝導体では、電場によってクーパーペア密度や準粒子分布が変化し、これが更なる応答に影響を与えるため、非線形性が強く現れます。

非線形応答の最も基本的な形態の一つは、入力周波数 $\omega$ に対して、 $2\omega$, $3\omega$, $4\omega$, ... といった高調波が発生する現象です。超伝導体における非線形性、特に三次非線形性(第三高調波発生など)は、クーパーペアの運動量空間における非線形運動や、強い電場による超流動速度の飽和、さらには電場が超伝導ギャップを変化させるダイナミカルな効果に起因します。マイクロスコピックには、電場による準粒子の分布関数変化や、クーパーペアの破壊・再結合過程が非線形応答に寄与します。

テラヘルツ領域における非線形応答の研究は、ポンプ-プローブ分光と組み合わせて、光励起によって生成された非平衡超伝導状態の緩和ダイナミクスを調べる強力な手法となっています。強いテラヘルツパルスをポンプ光として超伝導体に照射し、クーパーペアを破壊して準粒子を生成した後に、弱いテラヘルツパルスをプローブ光として照射し、その応答を時間分解で観測することで、準粒子の再結合過程や、テラヘルツ場によるヒッグスモードのコヒーレント励起といった現象を捉えることができます。

高周波・テラヘルツ検出技術への応用

超伝導体の高周波・テラヘルツ応答の知見は、極めて高感度な電磁波検出器の開発に不可欠です。代表的なものとして、以下のような検出器があります。

これらの検出器は、超伝導状態における準粒子ダイナミクス、エネルギー緩和過程、ノイズ特性などの物理的理解に基づいて設計・最適化されており、天文学、リモートセンシング、物質科学における高感度測定に貢献しています。

テラヘルツ分光への応用

高感度なテラヘルツ検出器と並んで、超伝導技術はテラヘルツ光源の開発にも応用されています。特にジョセフソン接合に直流電圧を印加すると、ジョセフソン効果によりテラヘルツ帯の電磁波が発生します。多数のジョセフソン接合をアレイ状に集積することで、より高出力なテラヘルツ光源を実現する研究が進められています。

超伝導体を用いたテラヘルツ分光システムは、透過率や反射率測定を通じて、様々な物質のテラヘルツ応答を調べることができます。これにより、固体中のフォノン応答、分子振動モード、キャリアダイナミクス、そしてもちろん超伝導体自身のギャップ構造や集団励起などを非接触かつ広帯域に評価することが可能です。特に、高温超伝導体、トポロジカル物質、強相関電子系などの研究において、テラヘルツ分光は重要な実験手法の一つとなっています。ポンプ-プローブテラヘルツ分光は、ピコ秒あるいはそれ以上の時間分解能で物質の非平衡ダイナミクスを追跡することを可能にし、光誘起相転移や超高速応答現象の研究に貢献しています。

将来展望

超伝導体の高周波・テラヘルツ応答の研究は、基礎物理学の観点からは、非平衡状態におけるクーパーペアと準粒子の複雑なダイナミクス、強磁場や不純物下の応答、非従来型超伝導体における特異な応答などを解明する上で引き続き重要です。新しい超伝導材料、例えばトポロジカル超伝導体や高い転移温度を持つ候補物質におけるテラヘルツ応答の測定は、これらの物質の超伝導機構を理解する上で不可欠な情報を提供します。

応用面では、より高出力・広帯域な超伝導テラヘルツ光源、更なる低ノイズ・高空間分解能なテラヘルツ検出器の開発が進められています。これらの技術は、天体物理学における宇宙マイクロ波背景放射の精密観測、遠赤外線天文、地球科学における大気リモートセンシング、セキュリティスクリーニング、非破壊検査、さらにはテラヘルツ通信や量子コンピュータにおける超伝導量子ビットの読み出し・操作技術といった多様な分野での応用が期待されています。超伝導体の高周波・テラヘルツ応答に関する深い理解は、これらの最先端技術のブレークスルーに不可欠な要素であり、今後の研究開発が注目されます。