超伝導技術の裏側

超伝導スピントロニクス:クーパーペアのスピン自由度とデバイス応用への展望

Tags: 超伝導スピントロニクス, クーパーペア, スピン流輸送, 非従来型超伝導, ヘテロ構造, ジョセフソン効果, 物性物理, デバイス物理

はじめに

超伝導体は、電気抵抗ゼロ、完全反磁性といった特異な量子現象を示す物質です。これまでの超伝導研究および応用開発の多くは、電荷や磁場といった自由度に着目して進められてきました。一方、電子が持つもう一つの本質的な自由度である「スピン」を制御・利用する分野としてスピントロニクスが発展しています。この二つの分野が融合した「超伝導スピントロニクス」は、近年、基礎物性の観点からも、新しい機能性デバイス実現の観点からも大きな注目を集めています。特に、リニアモーターカーのような大規模な応用とは異なる、より微細なスケールや新しい動作原理に基づく技術として、そのポテンシャルが探求されています。本稿では、超伝導体におけるスピン自由度の役割、スピン流輸送のユニークなメカニズム、そして磁性体など異種材料との組み合わせが拓くスピントロニクスデバイスへの展望について、大学研究者の皆様を読者として想定し、その物理的基盤と最先端の研究動向を概観いたします。

超伝導体におけるスピン自由度:クーパーペアの性質

超伝導状態は、電子がAttractiveな相互作用(通常はフォノンを介した相互作用)によってペアを形成し、ボーズ凝縮することで実現されます。このペアはクーパーペアと呼ばれます。従来のBCS理論で記述されるs波超伝導体では、クーパーペアは通常、運動量 $\mathbf{k}$ と $-\mathbf{k}$ を持つ二つの電子が、互いに逆向きのスピン(↑と↓)を持つ一重項状態 ($S=0$) でペアを形成します。このため、一重項超伝導体では、ペア全体としてはスピンを持たず、外部磁場や磁気的な不純物に対して敏感な性質を示します。

しかし、すべての超伝導体がこの一重項s波超伝導体であるわけではありません。強相関電子系や、空間反転対称性の破れた系などでは、クーパーペアが同じ向きのスピンを持つ三重項状態 ($S=1$) でペアを形成する、いわゆる「非従来型超伝導体」が存在します。三重項ペアはスピン自由度を持ち、その内部構造(スピン部分の波動関数)は様々な形で表現され得ます。このようなスピン自由度を持つクーパーペアは、磁気構造とより複雑な相互作用を示し、超伝導スピントロニクスの基盤となります。

超伝導状態におけるスピン自由度は、クーパーペアそのもののスピン構造だけでなく、超伝導状態における準粒子の励起にも関係します。ギャップ以下のエネルギーを持つサブギャップ励起や、マヨラナ束縛状態といったトポロジカルな励起も、スピン偏極やスピン軌道相互作用の影響を強く受けます。

超伝導体におけるスピン流輸送

通常の金属や半導体では、スピン流はスピン偏極した電子の運動によって輸送されます。超伝導体においても、クーパーペア形成に関与しない準粒子はスピン流を運び得ますが、超伝導スピントロニクスのユニークな点は、クーパーペアそのものがスピン情報を運び得ることにあります。

一重項超伝導体においても、磁気的不純物や磁性体との界面など、スピン反転散乱が起こる場所では、スピン情報を伴ったクーパーペアの非平衡状態が誘起され、スピンスーパーカレント(スピンを運ぶ超伝導カレント)が生じ得ることが理論的・実験的に示されています。これは、クーパーペアが空間的に変化するスピン構造を持つ状態(例えば、強磁性体との界面におけるペアリング関数の空間的な変調)を介して実現されると考えられています。

特に、強磁性体/超伝導体 (F/S) ヘテロ構造では、強磁性体内部に超伝導状態が近接効果によって誘起されますが、強磁性体の交換磁場が一重項ペアを破壊しようとします。しかし、F層の厚さや構造を適切に制御することで、スピン一重項ペアがF層を透過する際に、運動量空間でのペアリング状態が変化し、実空間的にスピン三重項のような性質を持つペアに変換される現象(一重項-三重項変換)が起こり得ます。この長距離スピン三重項相関を持つペアは、強磁性体内部でも比較的長い距離を伝播することができ、新しいタイプのスピンスーパーカレント輸送を可能にします。

磁性体との相互作用が創発する現象:スピンテクトロニクスへの示唆

超伝導体と磁性体との組み合わせは、単なるスピン流輸送を超えた多様な相互作用を生み出します。これを「超伝導スピンテクトロニクス」と呼ぶ研究者もいます。

例えば、F/S接合系におけるジョセフソン効果は、磁性体の状態に強く影響されます。通常のジョセフソン接合はゼロ相差でゼロ電流ですが、F層を挿入した接合では、F層の磁化方向や層厚に応じて、平衡相差がπだけシフトするπ接合が実現され得ます。これは、F層内でのペアリング状態の空間的な変調(例:自スピン三重項成分の誘起)に起因します。さらに、F層の磁化ダイナミクス(例えば、スピン波)がジョセフソン電流に影響を与えたり、逆にジョセフソン電流によってF層の磁化が操作されたりする現象も観測されています。これは、スピン軌道相互作用が重要な役割を果たす系や、磁気的なスキルミオンといった特殊なスピン構造を持つ磁性体と超伝導体を組み合わせた系で活発に研究されています。

また、超伝導転移温度($T_c$)や超伝導ギャップといった超伝導特性を、磁性体の状態(磁化方向、磁気秩序など)によって制御する研究も進められています。例えば、強磁性半導体/超伝導体ヘテロ構造において、強磁性半導体の磁化方向をゲート電圧や外部磁場で制御することで、超伝導近接効果の度合いが変化し、$T_c$が変調される現象が報告されています。これは、スピン情報を用いた超伝導スイッチングや、スピン状態を記憶する超伝導メモリ素子への可能性を示唆しています。

さらに、トポロジカル物質(トポロジカル絶縁体、ワイル半金属など)と超伝導体を組み合わせた系は、超伝導スピントロニクスにおいて特に興味深いプラットフォームを提供します。トポロジカル物質は強いスピン軌道相互作用と特異なスピン構造を持つ表面・バルク状態を有しており、超伝導近接効果によって誘起される超伝導状態は、スピン偏極した表面クーパーペアや、マヨラナ束縛状態といったエキゾチックな準粒子励起を伴う可能性があります。これらの系におけるスピン輸送やスピンテクトロニクスの研究は、トポロジカル量子計算の実現とも密接に関連しています。

材料と実験手法の進展

超伝導スピントロニクス研究の進展は、新しい材料系の開発と高度な実験手法によって支えられています。

具体的な材料系としては、以下のようなものが研究されています。 * 強磁性金属/超伝導体ヘテロ構造 (例: Ni/Nb, Co/Nb, permalloy/Nbなど) * 強磁性絶縁体/超伝導体ヘテロ構造 (例: EuS/Al, YIG/Nbなど) * 強磁性半導体/超伝導体ヘテロ構造 (例: GaMnAs/Alなど) * トポロジカル物質/超伝導体ヘテロ構造 (例: Bi$_2$Se$_3$/NbSe$_2$, HgTe/Nbなど) * 強磁性超伝導体 (例: URhGe, UGe$_2$, ferromagnetic pnictidesなど) * 非中心対称超伝導体と磁性体の組み合わせ

これらの系を研究するためには、薄膜作製技術、微細加工技術に加えて、高度な物性測定が必要です。電気伝導測定、磁化測定はもちろんのこと、以下の手法が重要な情報を提供します。

これらの手法を組み合わせることで、超伝導体と磁性体間の相互作用、スピン流輸送メカニズム、および創発される新しい物理現象の理解が深まっています。

応用可能性と今後の展望

超伝導スピントロニクスは、基礎研究のフロンティアであると同時に、将来的なデバイス応用への大きな可能性を秘めています。

これらの応用を実現するためには、解決すべき多くの課題があります。例えば、材料の界面制御、室温超伝導スピントロニクス材料の探索、高温超伝導体や新しいトポロジカル材料における超伝導スピントロニクス現象の解明、非平衡状態におけるスピン・チャージ・熱輸送の統一的な理解などです。

超伝導とスピントロニクスという二つの分野の融合は、物質科学、凝縮系物理学、そしてデバイス物理学に新しい視点と機会をもたらしています。クーパーペアのスピン自由度を深く理解し、それを巧みに制御する技術が開発されれば、これまでのエレクトロニクスやスピントロニクス、さらには量子技術の常識を覆すブレークスルーが生まれる可能性があります。今後の研究の進展が非常に期待される分野です。