超伝導量子干渉計 (SQUID) の物理:高感度磁場検出の原理と先端応用
はじめに
超伝導技術は、そのゼロ抵抗や完全反磁性といった巨視的な量子現象を利用し、様々な分野で革新をもたらしてきました。その中でも、磁場や磁束を高感度に検出する技術である超伝導量子干渉計(Superconducting QUantum Interference Device, SQUID)は、基礎科学研究から応用分野に至るまで、極めて重要な役割を担っています。リニアモーターカーに代表される強電導応用とは異なり、SQUIDは超伝導体の微弱な量子現象を精密に制御・検出することで機能する、いわば「量子デバイス」としての側面が強い技術です。本稿では、このSQUIDの物理的な基盤、その動作原理、そして幅広い応用事例について、大学研究者を読者として想定し、深く掘り下げて解説いたします。特に、ジョセフソン効果と磁束量子化がどのように結びつき、極限的な感度を実現しているのかに焦点を当てます。
SQUIDの基本原理
SQUIDは、超伝導リングに一つ(RF-SQUID)または二つ(DC-SQUID)のジョセフソン接合を設けた構造を基本とします。その動作原理は、超伝導体の基本的な量子現象であるジョセフソン効果と磁束量子化に立脚しています。
ジョセフソン効果
ジョセフソン効果は、二つの超伝導体を薄い絶縁層(または通常の金属層、狭い超伝導体部分)で隔てた接合において観測される現象です。この接合をジョセフソン接合と呼びます。
- 直流ジョセフソン効果: 接合にバイアス電圧をかけない状態でも、ある臨界電流 $I_c$ までは電圧降下なしに超伝導電流(ジョセフソン電流)が流れます。この電流は、二つの超伝導体のクーパーペア波動関数の位相差 $\Delta\phi$ に依存し、$I = I_c \sin(\Delta\phi)$ と記述されます。
- 交流ジョセフソン効果: 接合に一定のバイアス電圧 $V$ をかけると、ジョセフソン電流は振動します。この振動の周波数 $\nu_J$ は、$h\nu_J = 2eV$ という関係で電圧に比例します。ここで $h$ はプランク定数、$e$ は素電荷です。
磁束量子化
超伝導リングを貫く磁束 $\Phi$ は、磁束量子 $\Phi_0 = h/2e \approx 2.07 \times 10^{-15}$ Wb の整数倍に量子化されます。これは、超伝導体内部のクーパーペアの波動関数が一価性を持つことに起因します。外部磁場によってリングを貫く全磁束が非整数の磁束量子値になろうとすると、リング中に超伝導電流が誘導され、内部の磁束を整数倍に保とうとします。
SQUIDの動作
SQUIDは、ジョセフソン効果と磁束量子化を組み合わせることで、極めて微弱な磁束変化を検出します。
- DC-SQUID: 二つのジョセフソン接合を持つ超伝導リングです。リングを貫く外部磁束 $\Phi_{ext}$ は、二つの接合にかかるクーパーペア波動関数の位相差 $\Delta\phi$ に影響を与えます。具体的には、リングを一周する際の位相変化は、磁束量子化条件とジョセフソン接合での位相差の和として記述され、$\Delta\phi_1 - \Delta\phi_2 = 2\pi \Phi_{ext}/\Phi_0 \pmod{2\pi}$ のような関係が成り立ちます。DC-SQUIDに一定のバイアス電流 $I_{bias}$ を流すと、その両端に発生する電圧 $V$ は、リングを貫く全磁束(外部磁束とリングに流れる超伝導電流による自己磁束の和)の関数として振動的な応答を示します。この $V(\Phi)$ 特性は周期 $\Phi_0$ で変化し、磁束の微小な変化が比較的大きな電圧変化として取り出せるため、高感度な磁束-電圧変換器として機能します。
- RF-SQUID: 一つのジョセフソン接合を持つ超伝導リングを、高周波共振回路(タンク回路)と誘導結合させた構造です。タンク回路を高周波信号で励振し、リングを貫く磁束に応じて変化するリングのインピーダンスをタンク回路の応答(共振周波数、反射パワーなど)の変化として検出します。こちらも磁束の量子化に起因する周期的な応答を示し、高感度な磁束検出が可能です。
一般に、DC-SQUIDはRF-SQUIDに比べてノイズが低い傾向がありますが、RF-SQUIDは構造が比較的単純で調整が容易という利点があります。
SQUIDの構成要素と材料
SQUID素子は、通常、薄膜技術を用いて作製されます。超伝導材料としては、その転移温度 ($T_c$) や材料特性に応じて様々なものが用いられます。
- ニオブ (Nb): 最も広く用いられている低 $T_c$ 超伝導体の一つです。 $T_c \approx 9.3$ K で、成膜技術が確立されており、安定したジョセフソン接合(Nb/AlOx/Nb構造など)を作製できます。
- 窒化ニオブ (NbN): $T_c \approx 16$ K とNbよりも転移温度が高く、比較的高い温度での動作が可能です。ミリ波・サブミリ波検出器などにも利用されます。
- 高温超伝導体 (HTS): YBa$2$Cu$_3$O${7-\delta}$ (YBCO) などは $T_c$ が液体窒素温度(77 K)よりも高いため、冷却コストを大幅に削減できる可能性があります。しかし、高温超伝導体を用いたSQUIDの作製は、異方性やグレイン境界ジョセフソン接合の特性ばらつきなどが課題となります。
SQUIDの性能、特にノイズ特性は、使用される超伝導材料の質、接合界面の制御、および素子の設計に大きく依存します。低ノイズを実現するためには、熱ノイズ、磁束ノイズ、電荷ノイズなどを極力抑える工夫が必要です。
高感度化とノイズ低減技術
SQUIDの感度は、磁束ノイズ等価(Magnetic Flux Noise, $\Phi_n$)で評価され、これは検出可能な最小磁束変化を表します。DC-SQUIDの場合、そのエネルギー分解能 $\epsilon$ はジョセフソンエネルギー $E_J$ とキャパシタンス $C$ に関連し、$\epsilon \sim \hbar^2/2LE_J \sim \hbar^2 C/L$ のオーダーになります。理想的なSQUIDでは、エネルギー分解能はプランク定数 $\hbar$ の数倍程度まで低減可能であり、これは極めて優れた性能を示します。
高感度化のためには、以下の技術が重要です。
- フラックストランスフォーマー: 測定対象の磁場をSQUIDリングに効率的に結合させるための超伝導コイルです。これにより、離れた場所の磁場や、大きな面積の磁場をSQUIDリングの小さな面積に集中させることができます。
- 低ノイズアンプ: SQUIDから出力される微弱な電圧信号を増幅するためのアンプも、SQUID全体のノイズ性能に影響を与えます。室温の低ノイズアンプや、さらに低温で動作する半導体アンプ(GaAs HEMTなど)が用いられます。
- 集積化: 複数のSQUID素子をアレイ状に集積化することで、空間分解能を向上させたり、信号対ノイズ比を高めたりすることが可能です。
先端応用事例
SQUIDは、その他に類を見ない高感度な磁場検出能力を活かし、様々な分野で活用されています。
- 生体磁気計測: 人間の脳活動に伴って発生する微弱な磁場(脳磁図, MEG)や、心臓活動に伴う磁場(心磁図, MCG)の計測に用いられます。これらの磁場はピコテスラ(pT = $10^{-12}$ T)オーダーと極めて弱いため、SQUIDのような高感度センサーが不可欠です。非侵襲的に生体情報を取得できることから、臨床診断や脳科学研究で広く利用されています。
- 非破壊検査 (NDE): 材料内部の欠陥や疲労によって生じる微弱な磁場変化を検出することで、構造物の健全性を評価します。航空機部品、パイプライン、インフラ構造物などの検査に利用されています。
- 地質・地球物理探査: 地殻中の磁性体の分布や電流によって生じる磁場を測定し、地下構造や資源探査を行います。特に、マントルや地球深部の電気伝導度分布を調べる地磁気地電流法(MT法)において、SQUIDを用いた磁場センサーが高い性能を発揮します。
- 極微弱信号検出: 核磁気共鳴(NMR)や電子スピン共鳴(ESR)において、超低磁場での高感度検出に応用されます。また、宇宙論における宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の観測など、極めて弱い電磁波信号の検出器としても研究されています。
- 量子コンピュータ: 超伝導回路を用いた量子コンピュータにおいて、量子ビットの状態(例えば磁束フラックスを量子ビットとした場合)を読み出すための高感度な非線形検出器としてSQUIDが利用されます。超伝導量子ビットのデコヒーレンスを防ぐため、迅速かつ忠実な読み出しが求められます。
最新の研究動向と課題
SQUID技術は現在も進化を続けています。
- 高温超伝導SQUIDの実用化: 液体窒素温度での動作を目指し、YBCOなどの高温超伝導体を用いたSQUIDの研究開発が進められています。感度やノイズ特性の課題はありますが、冷却コストの削減は大きなメリットとなります。
- ナノスケールSQUID: 微小な磁性体や単一スピンの磁気特性をプローブするため、ナノスケールで作製されたSQUID(nanoSQUID)の研究が進んでいます。空間分解能と感度を両立させるための微細加工技術や設計が重要です。
- 集積化とシステム化: 大規模なセンサーアレイや、SQUIDと他の超伝導回路(例えばデジタル回路やフィードバック回路)を組み合わせたシステムの開発が進んでいます。これは特にMEGなどの応用分野で、より高密度で高性能な計測システムを実現するために不可欠です。
- 量子限界ノイズへの挑戦: SQUIDの感度は最終的に量子力学的なノイズ(例:エネルギー分解能の量子限界)によって制限されます。この量子限界に迫る、あるいはそれを超えるための新たなSQUID設計や計測手法の研究が行われています。
- 新たな材料や構造: トポロジカル物質など、新しい量子材料を用いたジョセフソン接合やSQUIDの探索も行われています。これらの材料が持つ特異な電子状態を利用することで、これまでのSQUIDとは異なる特性やさらなる高性能化が期待されています。
SQUIDの研究は、単なる高感度センサーの開発に留まらず、ジョセフソン効果や磁束量子化といった超伝導の巨視的量子現象に関する基礎的な理解を深める上でも重要な役割を果たしています。
結論
超伝導量子干渉計(SQUID)は、超伝導の基本的な量子現象であるジョセフソン効果と磁束量子化を巧妙に組み合わせることで実現される、極めて高感度な磁場検出技術です。その物理的な原理は深く、DC-SQUIDとRF-SQUIDといった異なる構成が存在し、それぞれに最適な材料や構造が追求されています。生体磁気計測から量子コンピューティングに至るまで、その応用範囲は広がり続けており、基礎科学研究から産業応用まで不可欠なツールとなっています。高温超伝導体、ナノスケール構造、集積化といった最新の研究動向は、SQUID技術のさらなる高性能化と新たな応用分野の開拓を示唆しています。SQUIDの研究開発は、超伝導の量子力学的な側面を深く理解し、それを応用へと繋げる「超伝導技術の裏側」を探求する上で、今後も重要な位置を占めることでしょう。