超伝導技術の裏側

超伝導ジョセフソン接合アレイを用いた機能デバイス:物理的基盤と応用可能性

Tags: 超伝導ジョセフソン接合, ジョセフソン接合アレイ, 超伝導エレクトロニクス, 電圧標準, テラヘルツ放射

はじめに

超伝導現象は、その発見以来、リニアモーターカーのような大規模輸送システムから、MRIのような医療機器、あるいは最先端の科学計測機器に至るまで、多様な応用を生み出してきました。これらの多くは、超伝導体のゼロ抵抗や完全反磁性といったマクロな量子現象を利用しています。しかし、「超伝導技術の裏側」で探求すべき「リニア以外の知られざる」側面は、超伝導体の量子力学的なコヒーレンスや、その非線形応答を積極的に利用した機能デバイスにこそ多く存在します。その中でも、超伝導ジョセフソン接合は、クーパーペアのトンネル効果という量子現象に基づき、電流と位相差の非線形関係や、外部電磁波によるシャピロステップといった特異な応答を示します。

単一のジョセフソン接合の豊かな物理は、複数個の接合を規則的あるいは不規則に配置したアレイ構造へと発展することで、さらに多様な機能と応用可能性を生み出します。本記事では、この超伝導ジョセフソン接合アレイに焦点を当て、その物理的基盤、人工的な設計と作製、そして電圧標準、テラヘルツ(THz)放射源、さらには新しい情報処理デバイスなど、リニア以外の様々な機能デバイスへの応用とその課題について深掘りを行います。

超伝導ジョセフソン接合アレイの基本物理

単一のジョセフソン接合は、二つの超伝導体の間に薄い絶縁層、常伝導金属、あるいは狭窄部などを挟んだ構造であり、超伝導秩序変数(マクロな波動関数)の位相差 $\Delta \phi$ に応じて、クーパーペアがトンネルする超伝導電流 $I_s = I_c \sin(\Delta \phi)$ が流れます(直流ジョセフソン効果)。ここで $I_c$ は臨界電流です。また、接合に電圧 $V$ を印加すると、位相差は時間的に変化し、$\frac{\partial (\Delta \phi)}{\partial t} = \frac{2e}{\hbar}V$ という関係(交流ジョセフソン効果)に従い、周波数 $f = \frac{2e}{h}V$ の交流超伝導電流が発生します。プランク定数 $h$ と電気素量 $e$ を用いた比例定数 $K_J = 2e/h \approx 483.6 \text{ GHz/mV}$ はジョセフソン定数と呼ばれ、普遍的な物理定数によって電圧と周波数が正確に関連づけられることを示唆します。

複数のジョセフソン接合を相互作用させると、単一接合にはない集団的な物理現象が現れます。特に、規則的に配列されたアレイ構造では、各接合の位相ダイナミクスが相互の電磁結合やクーパーペアトンネル結合を通じて同期することで、アレイ全体としてマクロな量子効果が発現します。例えば、直列に接続されたアレイに外部からマイクロ波を照射すると、各接合で発生するシャピロステップ(電圧-電流特性における電圧の量子化されたステップ)が同期し、アレイ全体として $n V_J$($V_J$は単一接合の量子化電圧、$n$は接合数)の量子化された電圧ステップを生じさせることが可能です。

アレイ構造における集団的なダイナミクスの記述には、各接合の位相 $\phi_i$ を変数とするモデル(例: フェイゲンバウム・ジャンプス・モデル)が用いられます。接合間の相互作用は、抵抗、容量、インダクタンスといった回路要素や、直接的なクーパーペアトンネル結合を介して記述されます。特に、アレイ全体のインピーダンス整合や放射効率は、個々の接合パラメータだけでなく、アレイの形状、サイズ、基板の誘電特性など、構造全体に強く依存します。

人工アレイの設計と作製

機能デバイスとしてジョセフソン接合アレイを利用するためには、アレイ構造を高い精度で制御する必要があります。これは通常、フォトリソグラフィや電子線リソグラフィといった微細加工技術を用いて実現されます。Nb/AlOx/Nbのような層状構造を持つトンネル接合が、その作製技術の成熟度と安定した特性から広く用いられてきました。より高い臨界温度や動作周波数を実現するため、NbNや高温超伝導体を用いたアレイも研究されています。

アレイの設計においては、目的とする機能に応じて接合の配置や結合方法が慎重に検討されます。例えば、電圧標準には多数の接合を直列に接続した一次元アレイが、THz放射源には接合を格子状に配置した二次元アレイや、特定の結合構造を持つアレイが用いられます。接合パラメータ(臨界電流密度、面積、ノーマル抵抗)の均一性は、アレイ全体の同期や安定した動作に極めて重要であり、作製プロセスの鍵となります。また、外部マイクロ波やTHz波との結合効率を最大化するために、オンチップアンテナ構造とアレイを一体化させる設計も一般的です。

機能デバイスへの応用

1. 量子電圧標準

ジョセフソン効果における電圧-周波数関係の普遍性に着目した最も成功した応用例が、ジョセフソン電圧標準です。直列に接続された多数のジョセフソン接合アレイに特定の周波数のマイクロ波を照射することで、安定かつ正確な量子化された直流電圧を発生させることができます。この電圧は、アレイに含まれる接合の数と印加されるマイクロ波の周波数のみに依存し、材料特性や温度、時間的な変動に影響されません。

初期の電圧標準は、Nbベースの接合を用いて4.2 Kや液体ヘリウム温度で動作し、約10 Vの基準電圧を発生させることが主流でした。近年では、より高電圧(最大100 V程度)を出力可能なシステムや、パルス状のマイクロ波を印加して任意波形を合成するプログラマブル電圧標準などが開発され、より高精度な測定やキャリブレーションに用いられています。これらの進展は、接合パラメータの均一性の向上や、高密度な集積化技術によって支えられています。

2. テラヘルツ(THz)放射源

交流ジョセフソン効果により、接合に直流電圧を印加することでTHz帯の電磁波を発生させることが可能です。単一接合からの放射電力は小さいですが、多数の接合を同期させてアレイ全体でコヒーレントな放射を行うことで、実用的なTHz光源を実現できます。二次元アレイにおける隣接接合間の相互結合を通じて、各接合の位相が揃って振動し、効率的な放射を可能にします。

THz光源としてのジョセフソン接合アレイは、THz帯域の分光やイメージングといった分野で期待されています。特に、超伝導体を用いることで室温デバイスよりも低ノイズで狭帯域な放射が可能となる点が利点です。高出力化のためには、アレイの設計最適化(格子構造、結合機構、オンチップアンテナ)、高Tc超伝導体の利用(より高いバイアス電圧と周波数)といった研究が進められています。しかし、数百GHzから数THzといった高い周波数帯での高効率・高出力放射の実現には、依然として材料、設計、集積化における課題が残されています。

3. 新しい情報処理デバイス

ジョセフソン接合アレイは、量子計算のための超伝導量子ビットとは異なる、新しい情報処理パラダイムの実現可能性も秘めています。

これらの応用はまだ研究開発段階にあるものが多いですが、超伝導特有の高速応答性、低消費電力性、そして量子ダイナミクスを活用することで、従来の半導体エレクトロニクスとは異なるブレークスルーをもたらす可能性を秘めています。

最新研究動向と課題

ジョセフソン接合アレイに関する最新の研究は、既存デバイスの性能向上に加え、新しい材料系や機能の探索へと広がっています。

結論

超伝導ジョセフソン接合アレイは、単一接合の量子現象が集団的に発現する興味深い物理系であり、リニア以外の多様な機能デバイスの基盤となります。量子電圧標準としての確固たる地位に加え、THz放射源や新しい情報処理デバイスとしての可能性も探求されています。材料、微細加工、設計、そして基礎物理の境界領域における継続的な研究開発が、ジョセフソン接合アレイ技術の更なる進展と、超伝導技術の応用の幅を広げる鍵となるでしょう。これらの知られざる応用は、超伝導が単なるゼロ抵抗状態に留まらない、豊かな量子物理を活用するフロンティアであることを示しています。