スピン軌道相互作用が創発する超伝導状態:非中心対称系・低次元系における多様なペアリングと物性
はじめに
超伝導現象は、電子がクーパーペアを形成し、抵抗ゼロで電流が流れる巨視的な量子現象です。伝統的なBCS理論では、電子間のAttractiveな相互作用(主にフォノン媒介)により、時間反転対称性および空間反転対称性を持つスピンシングレット状態 ($\Delta \propto i\sigma_y$) のクーパーペアが形成されると考えられています。しかしながら、多くの非従来型超伝導体では、これらの対称性が破れていたり、BCS理論の枠組みだけでは説明できない複雑な超伝導状態が出現することが知られています。
近年、特に固体中の電子のスピン自由度と運動量自由度を結びつける「スピン軌道相互作用 (SOI)」が、超伝導ペアリングの性質を決定する上で極めて重要な役割を果たすことが明らかになってきました。空間反転対称性の破れた系や低次元系では、SOIが顕著になり、従来の超伝導体では見られない多様な超伝導状態、例えばスピンシングレットとスピン三重項状態が混合したペアリングや、運動量に依存したスピンテクスチャを持つペアリングなどが実現します。本稿では、このようなSOIが超伝導ペアリングに与える影響に焦点を当て、非中心対称超伝導体や低次元系超伝導体を中心に、その物理と最新の研究動向について深掘りします。
スピン軌道相互作用と超伝導ペアリング
スピン軌道相互作用は、電子の軌道運動が生成する有効磁場と、電子自身のスピンとの間に働く相互作用です。結晶の構造や原子の局所的な配置によってその形態は様々ですが、超伝導研究で特に重要視されるのは、以下の二つのタイプです。
- ラシュバ型 (Rashba type): 空間反転対称性が破れた構造界面や表面、あるいはバルク材料でも非中心対称な結晶構造を持つ場合に現れる有効的なSOIです。電子の運動量 $\mathbf{k}$ に対して、スピンに作用する有効磁場が $\mathbf{k}$ に垂直な方向を向く形を取ることが多く、例えば二次元系では $H_R = \alpha (\sigma_x k_y - \sigma_y k_x)$ のように記述されます。
- ドレッセルハウス型 (Dresselhaus type): 結晶のバルクにおいて、特定の空間群の対称性によって許容されるSOIです。例えば立方晶のバルクでは $H_D = \beta (\sigma_x k_x (k_y^2 - k_z^2) + \text{c.p.})$ のような形式を取ります。
これらのSOIが存在すると、通常のスピン保存則が破れ、フェルミ面がスピン分裂します。超伝導ペアリングは、スピン運動量がゼロのクーパーペア ($\mathbf{k} \uparrow, -\mathbf{k} \downarrow$)だけでなく、スピン運動量がゼロでないペア ($\mathbf{k} \uparrow, -\mathbf{k} \uparrow$ や $\mathbf{k} \downarrow, -\mathbf{k} \downarrow$ など)も安定化される可能性があります。特に、空間反転対称性が破れた系では、対称性から許容される超伝導ギャップ関数は、スピンシングレット成分 ($\Delta_s(\mathbf{k})$) とスピン三重項成分 ($\mathbf{d}(\mathbf{k})$) の両方を含むことが可能となります。一般的に、ペアリングポテンシャルは以下のように記述できます。
$H_{pair} = \sum_{\mathbf{k}} (\Delta_s(\mathbf{k}) i\sigma_y + \mathbf{d}(\mathbf{k}) \cdot \boldsymbol{\sigma} i\sigma_y ) c_{\mathbf{k}\uparrow}^\dagger c_{-\mathbf{k}\downarrow}^\dagger + h.c.$
空間反転対称性があれば、$\Delta_s(-\mathbf{k}) = \Delta_s(\mathbf{k})$ かつ $\mathbf{d}(-\mathbf{k}) = -\mathbf{d}(\mathbf{k})$ のように、パリティがシングレットは偶、三重項は奇となりますが、空間反転対称性が破れると、パリティの概念が明確でなくなり、$\Delta_s(\mathbf{k})$ と $\mathbf{d}(\mathbf{k})$ が共存し得ます。これは「混合パリティペアリング」や「キラルペアリング(特定の対称性の場合)」と呼ばれることもあります。
非中心対称超伝導体におけるスピン軌道相互作用の効果
非中心対称超伝導体は、結晶構造に空間反転中心を持たない材料です。これらの材料では、結晶構造に起因するバルクSOIが必然的に存在します。代表的な例としては、Li$_2$(Pd,Pt)$_3$B や CePt$_3$Si などが挙げられます。
CePt$_3$Si は、重いフェルミオン系の超伝導体であり、当初、非中心対称構造を持つ重いフェルミオン超伝導体として大きな注目を集めました。この材料では、構造的な空間反転対称性の破れによって強いSOIが生じ、BCS理論におけるペアリング状態のスピン自由度に関する選別則(シングレットか三重項か)が崩れます。実験的には、NMRナイトシフト測定において、超伝導転移後もスピン感受性が完全にゼロにならないことが示唆されており、これはスピン三重項成分を含むペアリング状態の証拠と解釈されています。また、比熱や熱輸送測定なども、シングレットと三重項の混合状態を支持する結果が得られています。
Li$_2$(Pd,Pt)$_3$B は、より単純な構造を持つ非中心対称超伝導体の典型例です。Pt置換によりSOIの強さを制御することが可能であり、SOIの増強とともに超伝導転移温度 ($T_c$) が上昇することが観察されています。これは、SOIが特定のペアリングチャンネルを安定化させる効果があることを示唆しています。この系でも、NMRやμSR(ミューオンスピン緩和)測定から、スピンシングレット成分とスピン三重項成分の混合が示唆されています。理論的には、非中心対称性によるSOIが、運動量に依存した有効磁場のように働き、クーパーペアがこの有効磁場にスピンをロックされる形でペアリングを形成すると理解されています。このようなペアは、運動量空間でヘリカルなスピンテクスチャを持つことになります。
低次元系におけるスピン軌道相互作用と超伝導
グラフェンや二次元電子ガス (2DEG)、遷移金属ダイカлькоゲナイド (TMDC) 単層などの低次元系でも、超伝導とSOIの興味深い相互作用が見られます。これらの系では、基板との相互作用や外部電界、あるいは原子構造そのものに起因する SOI がしばしば顕著になります。
TMDC 単層(例: MoS$_2$, WS$_2$)は、層間にファンデルワールス力を介して弱い相互作用を持つ層状物質であり、単層に剥離することで、非常に強いSOIを持つ2次元物質となります。これらの単層は、通常半導体ですが、キャリアドーピング(例えば電界効果やインターカレーション)によって超伝導を示すことが報告されています。単層TMDCは面直方向の空間反転対称性を持たないため、面内運動量に対して面直方向の大きな有効磁場をスピンが感じる、 valley-dependent なSOIを持つことが知られています。この強いSOIと超伝導の競合・共存は、非自明なペアリング状態や、高い面内臨界磁場などの特異な物性を生み出します。
例えば、単層 NbSe$_2$ の超伝導は、キャリアドーピングによって制御可能であり、強いSOIを持つこの系で超伝導ダイオード効果(電流の向きによって抵抗が異なる非相反輸送現象)が観測されています。これは、SOIによってクーパーペアの重心運動量がゼロからずれることに起因すると考えられており、スピン軌道相互作用とペアリングの密接な関連を示唆しています。
また、トポロジカル絶縁体と超伝導体のヘテロ構造界面も、強いSOIと超伝導の相互作用の場として注目されています。トポロジカル絶縁体の表面状態はスピン偏極したディラック分散を持ち、そこに超伝導近接効果を導入することで、マヨラナ粒子の実現が期待されるトポロジカル超伝導状態を創発できる可能性があります。これもまた、SOIが超伝導状態のトポロジーを決定する重要な要素となる例です。
関連する物理現象と応用への示唆
SOIが超伝導ペアリングに影響を与えることで出現する特異な物性は、基礎科学的に興味深いだけでなく、新しい機能性素子への応用も示唆しています。
- 超伝導ダイオード効果: 前述のように、非中心対称性や界面SOIによって生じるクーパーペアの非ゼロ重心運動量は、超伝導電流の方向依存性(超伝導ダイオード効果)を引き起こします。これは、超伝導体を用いた整流器や、ロジック素子への応用可能性を秘めています。
- スピン依存超伝導輸送: SOIはスピンと運動量を結合するため、スピン流の注入が超伝導状態に影響を与えたり、逆に超伝導状態がスピン流を輸送したりする現象が期待されます。超伝導スピントロニクスの分野では、SOIによって設計される非自明なペアリング状態が、スピン流を用いた情報伝送や操作の鍵となると考えられています。
- トポロジカル量子計算: SOIと超伝導の組み合わせは、マヨラナ粒子などの非アーベル統計を持つ準粒子を創発する可能性があり、これらを情報担体とするトポロジカル量子計算の基盤となる可能性があります。
まとめと将来展望
スピン軌道相互作用は、超伝導ペアリングの性質を決定する上で、単に電子のバンド構造を改変するだけでなく、ペアリング対称性そのものに深い影響を与える要素です。特に空間反転対称性の破れた系や低次元系では、この影響が顕著になり、スピンシングレットとスピン三重項が混合したペアリング、運動量に依存したスピンテクスチャを持つペアリングなど、従来のBCS理論の枠組みを超えた多様な超伝導状態が実現します。
これらの非自明な超伝導状態は、非相反輸送、スピン依存輸送、あるいはトポロジカルな性質といった興味深い物理現象を伴います。非中心対称超伝導体やSOIが強い低次元超伝導体に関する研究は、新しい材料系の探索、精緻な低温物性実験(NMR, μSR, STM, 熱輸送、電界効果測定など)、そして第一原理計算や現象論的な理論構築が一体となって進められています。
今後の研究では、SOIと他の自由度(例えば強い電子相関、格子自由度、トポロジー)との相互作用をさらに深く理解すること、SOIを人為的に制御する技術(例えば電界、歪み、ヘテロ構造設計)を確立すること、そしてこれらの知見を活かして新しい機能を持つ超伝導素子や、究極的にはトポロジカル量子コンピューティングの実現に向けたマテリアル基盤を確立することが重要な課題となります。リニアモーターカーのような大規模応用とは異なる方向で、超伝導研究はSOIという切り口からも、基礎と応用両面で新たなフロンティアを開拓し続けています。