超伝導体への圧力・歪み印加:メカニズム、実験手法、非従来型超伝導への示唆
はじめに:超伝導物性制御における圧力・歪みの重要性
超伝導現象は、特定の物質が臨界温度 (T$_c$) 以下で電気抵抗ゼロとなり、外部磁場を排除するマイスナー効果を示す巨視的量子現象です。その発見以来、多くの物質系で超伝導が観測され、そのメカニズムや物性に関する研究が進められてきました。超伝導相は温度や磁場、化学組成といった外部パラメータに敏感ですが、中でも圧力や物質に加わる歪みは、結晶構造、格子振動(フォノン)、電子状態(バンド構造、フェルミ面、電子相関)を直接的に変化させるため、超伝導特性を劇的に改変する強力なツールとして古くから研究が続けられています。
特に、リニアモーターカーに代表される実用的な超伝導応用技術が、特定の材料系での高性能化を目指す一方で、基礎科学においては、圧力や歪みを用いて物質本来の対称性を変化させたり、新たな量子相を誘起したりすることで、超伝導の根本メカニズム、特に非従来型超伝導の起源や多様性を探求する試みが精力的に行われています。本稿では、超伝導体への圧力・歪み印加がもたらす物理的効果のメカニズム、それを実現するための実験手法、そして非従来型超伝導研究における具体的な研究事例とそこから得られる示唆について深掘りします。
圧力・歪みが超伝導特性に与える影響のメカニズム
物質に外部から圧力や歪みを加えると、原子間距離や結合角が変化し、結晶構造が変形します。この結晶構造の変化は、超伝導特性に多岐にわたる影響を及ぼします。
静水圧効果
均一な静水圧は物質の体積を収縮させます。これにより、原子間距離が短縮され、電子の波動関数が重なりやすくなることで、バンド幅の増加やバンド構造の変化が起こります。特に、遷移金属や希土類化合物などにおける$d$電子や$f$電子の局在性・遍歴性の度合いが変化し、電子相関の強さにも影響を与えます。また、原子間距離の変化は格子振動(フォノン)の周波数スペクトルにも影響し、電子-フォノン相互作用の強さを変化させます。
従来のBCS理論に基づく超伝導体では、T$_c$は主に電子-フォノン相互作用の強さ($\lambda$)、フォノンの特徴的な周波数($\omega_D$)、クーロン斥力($\mu^*$)によって決定されます。静水圧による格子定数の収縮は通常、フォノン周波数を増加させ、また$\lambda$を変化させます。多くの場合、圧力増加とともにT$_c$は上昇しますが、これはバンド構造変化による状態密度の変化、電子-フォノン相互作用の増強、あるいはクーロン斥力の相対的な効果の変化など、複数の要因が複合的に寄与するため、物質によって挙動は異なります。水素化物超伝導体における超高圧下での極めて高いT$_c$は、静水圧によって実現される高いフォノン周波数と強い電子-フォノン相互作用に起因すると考えられていますが、これも圧力効果の典型的な、かつ極端な例と言えます。
強相関電子系に分類される非従来型超伝導体では、静水圧は電子相関の強さを変化させることが重要です。例えば、多くの重いフェルミオン超伝導体では、圧力を印加することで磁気秩序相が抑制され、量子臨界点近傍で超伝導が発現・増強されることが知られています。これは、圧力が$f$電子の遍歴性を高め、近藤効果やRKKY相互作用のバランスを変化させるためと考えられています。
歪み(単軸歪み・薄膜歪み)効果
一方、単軸歪みや薄膜成長に伴う格子不整合による歪みは、結晶構造の対称性を低下させ、格子定数を異方的に変化させます。この異方的な変化は、電子のバンド構造やフェルミ面形状を異方的に歪ませ、特定の軌道状態のエネルギーを選択的にシフトさせることがあります。これにより、特に多軌道系や低次元系における電子状態が大きく変化し、電荷秩序、スピン秩序、軌道秩序といった競合する電子相や、それらと密接に関連する非従来型超伝導の性質に大きな影響を与えます。
例えば、鉄系超伝導体における単軸歪みは、構造相転移や磁気秩序を誘起・抑制し、超伝導相との競合・共存関係を変化させます。特に、電子ネマティック秩序と呼ばれる対称性の低い電子状態と密接に関連しており、単軸歪みはネマティック転移温度や超伝導の異方的なギャップ構造に直接的な影響を与えます。また、薄膜における格子不整合歪みは、バルクとは異なるT$_c$やギャップ構造、さらにはバルクには存在しない超伝導相(例えば、FeSe/SrTiO$_3$界面における高T$_c$超伝導)を創発させることがあります。
非従来型超伝導体における超伝導ギャップは異方的であることが多く、ペアリング対称性は結晶格子や電子状態の対称性に強く依存します。歪みによって対称性が変化すると、可能なペアリング対称性の候補が制限されたり、異なる対称性のペアリング状態が安定化したりする可能性があります。これは、圧力・歪みが非従来型超伝導のペアリング機構を解明するための重要な手がかりを提供する可能性があることを示唆しています。
超伝導体への圧力・歪み印加を実現する実験手法
超伝導体に制御された圧力や歪みを印加し、その下で物性測定を行うためには、特殊な実験技術が必要です。
高圧発生技術
静水圧を発生させる代表的な装置として、ダイヤモンドアンビルセル(DAC)やピストンシリンダーセルがあります。 DACは、2つのダイヤモンドのキュレット面で微小なサンプル(通常は数十〜数百マイクロメートルのサイズ)を挟み込み、油圧プレスやネジ機構で加圧するものです。適切な圧力媒体(ヘリウム、ネオン、アルゴン、あるいは液体混合物など)を用いることで、数GPaから数百GPaといった非常に高い圧力を比較的均一に印加することが可能です。DACを用いた高圧実験では、電気抵抗、磁化(SQUIDを用いる場合や、磁性体との組み合わせ)、X線回折、ラマン散乱、ブリルアン散乱、メスバウアー分光といった測定が行われます。高圧下での超伝導測定では、電気抵抗の消失や磁化率の反磁性シフトを検出することでT$_c$を決定します。極低温環境と組み合わせることで、高圧下での量子臨界現象や超伝導状態の詳細な研究が可能となります。
ピストンシリンダーセルはDACよりも低圧(数GPa以下)に限定されますが、より大きなサンプルサイズに対応でき、圧力の均一性も比較的高いという利点があります。比熱や熱膨張率など、より大きなサンプル量を必要とする測定に用いられることがあります。
歪み印加技術
単軸歪みを印加する手法としては、ピエゾアクチュエータや、曲げ機構を用いた方法があります。ピエゾアクチュエータを用いる方法では、ピエゾ素子に電圧を印加することで発生する微小な長さ変化を利用し、サンプルに取り付けたロッドなどを介して応力を伝達します。極低温下での精密な歪み制御が可能であり、数ケルビン以下の温度で単軸歪み下での量子振動測定や輸送特性測定などが行われています。サンプルの結晶軸に沿って正確に応力を印加することが重要であり、サンプルの取り付け方や応力場の均一性が測定結果の信頼性に影響します。
薄膜における歪みは、主に基板と薄膜の格子定数の違い(格子不整合)を利用して自然に導入されます。エピタキシャル成長手法(分子線エピタキシー:MBE、パルスレーザー堆積:PLDなど)を用いて、目的の薄膜材料を格子定数の異なる単結晶基板上に堆積させることで、圧縮歪みまたは引張歪みを制御して導入できます。成長した薄膜の歪み状態は、高分解能X線回折測定などによって評価されます。歪みを精密に制御するためには、基板材料の選択、成長温度、膜厚などの成長条件を最適化する必要があります。
非従来型超伝導研究における圧力・歪み効果の事例と示唆
圧力や歪みは、非従来型超伝導体の研究において、その起源やメカニズムを解明するための重要な手がかりを与えてきました。
量子臨界点近傍の超伝導
多くの非従来型超伝導体は、磁気秩序や構造秩序といった別の秩序相の量子臨界点近傍で出現することが知られています。圧力や歪みは、これらの秩序相を制御し、量子臨界点へとアクセスするための有効なパラメータです。例えば、CeCu$_2$Si$_2$のような重いフェルミオン超伝導体では、圧力によって反強磁性相が抑制され、量子臨界点近傍で超伝導が発現します。この超伝導は、量子臨界的なゆらぎがペアリングを媒介するという機構が提案されており、圧力研究はその検証に不可欠です。
ペアリング対称性の解明
非従来型超伝導体では、超伝導ギャップが運動量空間で異方的であるか、符号反転を伴う(例:$d$波、$s_{\pm}$波)など、BCS理論のIsing-like $s$波とは異なる対称性を持ちます。圧力や歪みによるフェルミ面や電子相関の異方的な変化は、どのペアリング対称性が安定になるかに影響を与える可能性があります。例えば、鉄系超伝導体において単軸歪みを印加すると、超伝導ギャップの異方性が変化したり、場合によってはペアリング対称性が変化したりすることが実験的に示唆されています。単軸歪み下でのNMR緩和率や熱輸送測定といった手法は、超伝導ギャップ構造の異方性をプローブするのに有効であり、ペアリング対称性の特定に貢献します。
隠れた秩序相との関連
非従来型超伝導体の一部には、超伝導相図の近傍に「隠れた秩序相」が存在することが疑われています。これらの相は、従来のプローブでは検出が難しいものの、超伝導の起源と密接に関連している可能性があります。圧力や歪みを印加して相図を探索することで、これまで見過ごされていた秩序相が顕在化したり、超伝導相との競合・共存関係が明らかになったりすることがあります。
新規超伝導相の創発
薄膜における格子歪みは、バルクには存在しない全く新しい超伝導相を創発させる可能性を秘めています。前述のFeSe/SrTiO$_3$界面の例のように、基板との界面での電荷移動や、格子不整合による歪みが電子状態を劇的に変化させ、驚くほど高いT$_c$を持つ超伝導を実現することがあります。このような界面・薄膜系の研究は、超伝導材料設計における「歪みエンジニアリング」の可能性を示しています。
結論:圧力・歪みエンジニアリングの今後の展望
超伝導体への圧力や歪み印加は、単にT$_c$を変化させるだけでなく、物質が持つ電子状態や対称性を自在に制御し、超伝導相の性質を詳細に調べ、さらには未知の超伝導相を探索するための不可欠な手法です。特に、複雑な相図を持ち、競合する様々な秩序相が存在する非従来型超伝導体の研究において、圧力や歪みは相関電子系の物理と超伝導を結びつける強力な橋渡し役を果たしています。
今後の展望としては、高圧発生技術と低温・強磁場、さらには様々な分光測定技術(NMR、$\mu$SR、中性子散乱など)との組み合わせによる精密測定の発展が挙げられます。また、単軸歪み印加技術の精度向上や、より複雑な歪み場(例えば剪断歪み)の制御、微細加工技術と組み合わせた局所的な歪み印加なども、物質科学の新たな地平を拓く可能性があります。理論研究においても、圧力・歪み下での電子構造計算や、歪みが超伝導ペアリングに与える影響の理論的な取り扱いが一層進展することで、実験結果の解釈や新たな物質・現象の予測につながることが期待されます。
圧力・歪みエンジニアリングは、超伝導研究、特に非従来型超伝導や多体相関系の物理を深く理解するための基盤的なアプローチであり、今後もその重要性は増していくと考えられます。