超伝導技術の裏側

非従来型超伝導における非線形電子-フォノン結合の役割

Tags: 超伝導, 非従来型超伝導, 電子フォノン相互作用, 強相関電子系, 物性物理, ラマン散乱, 非弾性X線散乱, テラヘルツ分光

はじめに:非従来型超伝導とフォノン

超伝導現象において、電子と格子振動(フォノン)の間の相互作用、すなわち電子-フォノン相互作用は、Bardeen-Cooper-Schrieffer (BCS) 理論に代表されるように、その起源とメカニズムを理解する上で極めて基本的な役割を果たしています。多くの従来型超伝導体では、この電子-フォノン相互作用が電子間に引力を媒介し、クーパーペア形成の駆動力となります。

しかしながら、銅酸化物や鉄系超伝導体、重いフェルミオン系など、多くの非従来型超伝導体では、BCS理論の枠組みだけでは説明できない多様かつ複雑な超伝導状態が観測されています。これらの系では、電子間のクーロン反発が強く、スピン揺らぎや価数揺らぎといった電子相関に由来する他の相互作用がペアリングに重要な役割を果たしていると考えられています。一方で、非従来型超伝導体においてもフォノンは遍在する自由度であり、その相互作用は単にクーパーペア形成の媒介にとどまらず、ペアリング対称性の決定、超伝導ギャップ構造への影響、あるいは競合する秩序(磁気秩序や電荷秩序など)との相互作用など、様々な形で超伝導物性に影響を与えていることが示唆されています。

特に、これらの系ではフォノンの振幅が大きい場合や、電子状態が非線形な応答を示す場合に重要となる「非線形電子-フォノン結合」が、その特異な物性の根源にある可能性が近年注目されています。本稿では、リニア以外の知られざる超伝導技術、特に非従来型超伝導の理解を深める上で重要な、非線形電子-フォノン結合の理論的背景、実験的観測手法、そしてそれが非従来型超伝導のペアリング機構や物性にどのように寄与し得るのかについて掘り下げて解説いたします。

非線形電子-フォノン結合の物理的起源と理論的記述

BCS理論で考慮される標準的な電子-フォノン相互作用は、電子とフォノンの一次の結合、すなわちフォノンの変位に対して電子のエネルギーが線形に変化する項として記述されます。これは、電子のハミルトニアンにおけるフォノンの変位に関するテイラー展開の一次項に相当します。

しかし、結晶格子にはフォノンの非調和性や、電子バンド構造の非線形な歪み応答など、フォノンの変位の二次以上の項や、電子状態とフォノンの組み合わせにおける非線形性が存在します。これらの効果は、電子とフォノンの間の「非線形電子-フォノン結合」として現れます。物理的な起源としては、例えば以下のようなものが挙げられます。

  1. フォノンの非調和性: 格子ポテンシャルが原子の変位に対して完全に調和的でない場合、フォノン同士の相互作用(フォノン-フォノン結合)が生じるだけでなく、電子とフォノンの結合項にもフォノンの二次以上の項が含まれます。特に、フォノンの変位が大きい場合や、ソフトモードの近傍でこの効果が顕著になります。
  2. 電子バンド構造の非線形応答: 電子のエネルギーバンド構造がフォノンの変位に対して非線形に応答する場合、電子-フォノン結合はフォノンの変位の一次だけではなく、二次以上の項を含みます。例えば、フェルミ面近傍の電子状態が特定のフォノンモードによって大きく変調される場合などに重要となります。
  3. 電子相関との連成: 強い電子相関が存在する系では、電子間の相互作用(クーロン相互作用など)と電子-フォノン相互作用が複雑に絡み合います。この連成を通じて、実効的な電子-フォノン結合がフォノンの変位に対して非線形となる可能性があります。例えば、HubbardモデルとHolsteinモデルを組み合わせたHubbard-Holsteinモデルにおいて、電子相関が強い極限では、電子-フォノン結合の線形項だけでは説明できない現象が現れることがあります。

理論的には、非線形電子-フォノン結合は、電子のハミルトニアンにフォノンの演算子を複数含む項として記述されます。例えば、最も単純な非線形結合の一つは、電子密度演算子 $\rho_q$ と二つのフォノン演算子 $b_k, b_{k'}$ を含むような項 $\sum_{q,k,k'} M_{q,k,k'} \rho_q (b_k + b_{-k}^\dagger)(b_{k'} + b_{-k'}^\dagger)$ です。このような項は、特定のフォノンモードの揺らぎが、他のフォノンモードを介して電子系に影響を与えることを意味します。これにより、線形結合では考えられないような、エネルギー・運動量空間での電子-フォノン相互作用の構造が生じ得ます。

非従来型超伝導における非線形電子-フォノン結合の寄与

非線形電子-フォノン結合が非従来型超伝導においてどのような役割を果たすかについては、現在も活発な研究が行われている分野です。いくつかの可能性のあるシナリオが提案されています。

  1. ペアリング機構への寄与: 非線形結合は、特定の運動量やエネルギーを持つフォノンモードが、電子間の引力を媒介する上で重要な役割を果たす可能性を示唆します。特に、通常の線形結合では電子間に反発力が働くような運動量領域でも、非線形結合を介して引力が生じ、非s波対称性(例えばd波やp波)のペアリングを安定化させる可能性が指摘されています。例えば、銅酸化物高温超伝導体における特定の格子振動モードと電子状態の間の非線形な結合が、d波ペアリング形成に寄与しているという理論的な提案があります。
  2. 超伝導ギャップ構造への影響: 非線形電子-フォノン結合は、フェルミ面上の異方的なギャップ構造や、多バンド系における複数のギャップの存在・大きさに関与する可能性があります。フォノンの揺らぎが特定の結晶方向やエネルギー領域で強く非線形な結合を持つ場合、それが超伝導ギャップに異方性をもたらすことが考えられます。
  3. 競合秩序との相互作用: 非従来型超伝導体では、超伝導相と反強磁性相や電荷密度波相などの他の秩序相が競合・共存することがよくあります。非線形電子-フォノン結合は、これらの秩序間の相互作用を媒介し、相図の形状や量子臨界現象に影響を与える可能性があります。例えば、フォノンの非調和性が磁気秩序と連成し、それが超伝導転移温度に影響を与えるといったシナリオが考えられます。
  4. 非平衡状態におけるダイナミクス: 超高速光パルスなどの外部刺激によって超伝導体を非平衡状態に励起した場合、フォノンの振幅が大きくなり、非線形電子-フォノン結合が顕著になる可能性があります。この非線形ダイナミクスが、超伝導状態の瞬時的な破壊・回復や、秩序パラメータの振動(ヒッグスモードなど)に影響を与えることが期待されます。これは、テラヘルツ領域のポンプ-プローブ分光法などを用いた研究で検証が進められています。

実験的観測と課題

非線形電子-フォノン結合を直接的に観測し、その役割を定量的に評価することは容易ではありません。なぜなら、観測される様々な物理量は、線形結合を含む他の様々な相互作用の効果が重畳しているためです。しかし、以下のような実験手法が、非線形結合の手がかりを得るために用いられています。

  1. 非弾性X線散乱 (RIXS/IXS): 高エネルギー分解能を持つ非弾性X線散乱、特に共鳴非弾性X線散乱(RIXS)は、特定の元素のコア準位を介して、電子状態とフォノンのカップリングを運動量分解して調べることができます。特に、電子状態の非線形応答や、フォノンと他の励起(マグノンなど)との結合を介した電子-フォノン結合の間接的な証拠が得られる可能性があります。
  2. ラマン散乱: 光子とフォノンの非弾性散乱であるラマン散乱は、フォノンモードの情報を提供します。非線形電子-フォノン結合は、ラマン強度の異常な運動量・温度依存性や、フォノン周波数の変調として現れる可能性があります。また、非平衡状態での時間分解ラマン散乱は、フォノンダイナミクスと電子状態の間の非線形的な応答を捉える上で有力な手法です。
  3. 非平衡テラヘルツ分光: テラヘルツ領域のポンプ-プローブ分光法は、超伝導状態やフォノンの超高速ダイナミクスを調べるために有効です。強いテラヘルツパルスでフォノンを非線形励起し、その応答を観測することで、非線形電子-フォノン結合の効果を探ることができます。例えば、コヒーレントフォノンの生成とその減衰、超伝導ギャップの変調などが観測対象となります。
  4. 走査型トンネル分光 (STM/STS): STM/STSは、超伝導ギャップ構造や準粒子励起スペクトルを空間分解能高く測定できます。プローブ先端と表面の間の相互作用を利用して、特定の格子振動モードが準粒子励起に与える影響を調べたり、局所的な電子状態とフォノンの結合の非線形性を間接的に評価したりすることが試みられています。

これらの実験手法に加え、第一原理計算や模型ハミルトニアンを用いた理論計算による非線形結合項の評価、およびそれが超伝導物性に与える影響のシミュレーションが不可欠です。しかし、多体効果と非線形結合を同時に扱う高精度な理論計算は計算コストが高く、複雑な材料系への適用には限界があります。

結論:今後の展望

非線形電子-フォノン結合は、非従来型超伝導体における特異な物性やペアリング機構を理解する上で、従来の線形結合の枠を超えた重要な要素となり得ます。フォノンの非調和性や電子状態の非線形応答を通じて生じるこの相互作用は、ペアリング対称性の決定、超伝導ギャップ構造、そして他の秩序相との競合・共存に影響を与える可能性があります。特に、非平衡状態や強い外場の下での研究は、この非線形性を顕在化させ、その本質を捉えるための有望なアプローチです。

今後の研究では、高エネルギー分解能を持つ非弾性散乱手法、非平衡ダイナミクスを捉える超高速分光法、そして局所的な情報を得るSTM/STSなどを組み合わせた多角的な実験的アプローチが重要となります。同時に、非線形結合を正しく記述し、多体効果と組み合わせて物性を予測できる理論手法の発展が不可欠です。

非線形電子-フォノン結合の研究は、非従来型超伝導の未解明な側面を明らかにし、将来的には格子自由度を利用した超伝導物性の制御や、新しい機能性超伝導材料の設計に繋がる可能性を秘めています。この分野の更なる進展は、超伝導科学の新たな地平を拓くものと期待されます。