超伝導技術の裏側

非従来型超伝導体における不純物・欠陥の物理:ペアリング状態への影響と局所プローブによる解明

Tags: 非従来型超伝導, 不純物効果, 欠陥, ペアリング対称性, 局所プローブ

導入:超伝導体における不純物・欠陥の普遍的かつ特殊な役割

超伝導状態は、金属中の電子間に引力が働き、クーパーペアと呼ばれる束縛状態を形成することによって実現されます。この繊細な秩序状態は、結晶中の不純物や欠陥といった構造的乱れの影響を強く受けます。特に、リニア以外の、すなわち非従来型超伝導体においては、その影響がBCS理論で記述される従来のs波超伝導体とは質的に異なります。

BCS理論におけるs波超伝導体では、アンダーソンによる定理が示すように、非磁性不純物は比較的超伝導状態に影響を与えにくいことが知られています。これは、s波ペアが運動量空間において等方的であり、フェルミ面上のどの方向から散乱されてもペアが破壊されにくいためです。しかし、磁性不純物はクーパーペアのスピン一重項状態を破壊する効果が強く、超伝導転移温度を低下させます。

一方、d波やp波といった異方的あるいは多極子的な対称性を持つペアリング状態を持つ非従来型超伝導体では、非磁性不純物であってもペアリングを破壊する散乱源となり得ます。クーパーペアが運動量空間において特定の方向依存性を持つため、不純物による散乱はペアの運動量や角運動量の状態を変化させ、ペアの束縛を弱めたり破壊したりするためです。この「ペア破壊効果」は、非従来型超伝導体の転移温度が不純物や欠陥によって鋭敏に低下する主要な要因の一つです。

本記事では、この非従来型超伝導体における不純物・欠陥の物理に焦点を当て、そのペアリング状態への影響、特に局所的な電子状態の変化について概観します。また、不純物・欠陥の微視的な影響を解明するために極めて強力なツールである走査型トンネル顕微鏡/分光法(STM/STS)を用いた研究手法とその成果についても紹介し、この分野の最新の研究動向と課題を探ります。

非従来型超伝導体におけるペア破壊効果と不純物 scattering

非従来型超伝導体のクーパーペアは、結晶の点群対称性によって許容される様々な対称性を持つ可能性があります。例えば、高温銅酸化物超伝導体におけるd${x^2-y^2}$波、重いフェルミオン超伝導体における異方的s波やd波、鉄系超伝導体におけるs${\pm}$波などです。これらのペアリング状態は、運動量空間において超伝導ギャップが節(ノード)を持ったり、符号が反転したりする特徴を持ちます。

このような異方的または符号反転を持つペアリング状態では、不純物による電子散乱がペア破壊を引き起こしやすくなります。特に、散乱がペアの運動量の向きを大きく変える場合(後方散乱や大角散乱)にその効果は顕著です。不純物ポテンシャルが強いほど、すなわち散乱が強いほど、ペア破壊効果は大きくなります。これは、非磁性不純物であっても、非従来型超伝導体では磁性不純物と同様に強いペア破壊効果を持ち得ることを意味します。

不純物や欠陥は、超伝導転移温度の低下だけでなく、超伝導ギャップ構造の変化、Residual Density of States (RDOS) の生成(ゼロエネルギー状態の出現)、さらには超伝導相の安定性自体に影響を与える可能性があります。例えば、不純物によって結晶の対称性が局所的に破られることで、異なる対称性を持つペアリング状態が混在したり、超伝導とは異なる競合する秩序状態(電荷密度波、スピン密度波など)が誘起されたりすることもあります。

局所プローブによる不純物・欠陥近傍の電子状態解析:STM/STSの力

不純物や欠陥が超伝導状態に与える影響を理解するためには、単にマクロな物性(転移温度、比熱など)を測定するだけでなく、不純物や欠陥のすぐ近傍で電子状態がどのように変化しているかを微視的に観測することが不可欠です。この目的のために、走査型トンネル顕微鏡/分光法(STM/STS)は極めて強力な手法となります。

STMは、先端が原子レベルで尖った探針を試料表面に原子レベルで近づけ、トンネル電流を検出することで表面の形状を原子分解能で観察できます。STSは、探針と試料間の電圧を掃引し、トンネル電流の微分伝導度 $dI/dV$ を測定することで、試料表面の局所的な電子状態密度(LDOS)をエネルギー分解能高く得ることができます。超伝導体表面における$dI/dV$スペクトルは、超伝導ギャップ構造や準粒子励起スペクトルを反映するため、ペアリング対称性や秩序パラメータに関する重要な情報を提供します。

STM/STSを用いることで、単一の不純物原子や結晶欠陥のすぐ近く(数ナノメートル以内)における超伝導ギャップ構造やLDOSの変化を空間的にマッピングすることができます。非従来型超伝導体においては、不純物や欠陥の周りに超伝導ギャップ内部にピークを持つLDOSが出現することがしばしば観測されます。これらのピークは、不純物ポテンシャルによって散乱された準粒子が、不純物近傍に局在した束縛状態を形成したものです。これらの束縛状態のエネルギーや空間分布は、ペアリング対称性や不純物ポテンシャルの性質に強く依存するため、理論的なモデルと比較することで、ペアリング機構や不純物 scattering の性質を特定する手掛かりとなります。

例えば、d波超伝導体において非磁性不純物の周りに出現するゼロバイアスコンダクタンスピーク(ZBCP)は、準粒子が不純物で後方散乱される際に位相が $\pi$ ずれることによって生じるゼロエネルギーの束縛状態(前嶋-清水-富永-小川-上田状態など)に対応しており、d波ペアリングの明確な証拠の一つとされています。鉄系超伝導体における不純物(例:Co置換)近傍のSTS研究では、不純物が異方的なペア破壊を引き起こし、局所的な電子状態を変化させることが示されています。

理論的枠組みと数値計算

不純物や欠陥が超伝導状態に与える影響を理論的に記述するためには、Green関数を用いた線形応答理論や、非一様なポテンシャルのもとでのBogoliubov-de Gennes (BdG) 方程式を用いるのが一般的です。BdG方程式は、超伝導体中のクーパーペアや準粒子の運動を記述する基本方程式であり、不純物や欠陥による空間的に変化するポテンシャル $\Delta(\mathbf{r})$ や $\delta(\mathbf{r})$ を取り込むことで、不純物近傍での準粒子状態や秩序パラメータの空間分布を計算することができます。

特に、単一の不純物ポテンシャルを持つ系におけるBdG方程式を解くことで、不純物近傍に現れる準粒子束縛状態の波動関数やエネルギー準位、そしてそれに対応するLDOSを計算し、STSによる実験結果と比較検討することが可能です。不純物の種類(磁性/非磁性)、散乱強度、そして超伝導体のペアリング対称性をパラメータとして理論計算を行うことで、実験で観測される複雑なLDOSマップやスペクトルの起源を理解することができます。

また、多数の不純物が存在する場合や、不純物によって秩序パラメータが空間的に大きく変化するような場合には、より複雑な数値計算(例えば、格子上のBdG方程式を実空間で解くなど)が必要となります。これらの理論的なアプローチは、実験結果の解釈に不可欠であり、非従来型超伝導体における不純物・欠陥の物理を深く理解するための基盤となっています。

最新の研究動向と今後の展望

近年、試料作製技術や局所プローブ技術の進展により、非従来型超伝導体における不純物・欠陥研究は新たな段階に入っています。単結晶試料の品質向上、STM探針の改良、極低温・強磁場下での測定技術の確立などにより、より高分解能かつ高精度な実験が可能となっています。

特に注目されているのは、以下のようなテーマです。

結論

非従来型超伝導体における不純物・欠陥の物理は、これらの物質の基本的な超伝導特性を理解する上で極めて重要な研究分野です。BCS超伝導体とは異なり、非磁性不純物であってもペア破壊効果を引き起こし、超伝導状態に大きな影響を与えます。STM/STSに代表される局所プローブ技術は、不純物・欠陥のすぐ近傍で生じる微視的な電子状態の変化、特に準粒子束縛状態の観測を通じて、この複雑な物理現象の解明に不可欠な役割を果たしています。

今後、単一の不純物・欠陥を制御・操作する技術と、それを記述する洗練された理論計算手法の融合により、非従来型超伝導体における不純物・欠陥の物理に関する理解はさらに深まることが期待されます。これは、新たな超伝導材料の設計や、超伝導量子デバイスの高性能化など、広範な応用研究の基盤となるでしょう。この分野の研究は、超伝導の奥深い世界を探求する上で、今後も中心的な課題であり続けると考えられます。