超伝導技術の裏側

モアレ超格子超伝導体の物理:ツイスト角が支配するペアリングと相関電子物性

Tags: モアレ超格子, 超伝導, 二次元物質, 強相関電子系, 非従来型超伝導

はじめに

近年の二次元物質研究における最も注目すべきブレークスルーの一つに、重ね合わせた二枚の層間にわずかなツイスト角を導入することで形成される「モアレ超格子」における強相関電子物理現象の発見が挙げられます。特に、マジック角ツイストバイレイヤーグラフェン(MATBG)における超伝導の発見は、従来の超伝導研究の枠を超えた新しいプラットフォームを提供しました。しかし、モアレ超格子における超伝導はグラフェン系に限定されるものではなく、他の様々な二次元物質の組み合わせにおいても実現され始めています。

本稿では、リニア以外の知られざる超伝導技術としてのモアレ超格子超伝導体、特にグラフェン以外の物質系を中心に、その物理的基盤、超伝導状態の発現機構、そして相関電子物性との深い関連性について深掘りします。読者対象として、主に物理学分野の大学研究者の方々を想定し、専門的な観点から詳細な解説を試みます。

モアレ超格子の形成とフラットバンド

モアレ超格子は、格子定数または方位角がわずかに異なる二つの結晶層を重ね合わせた際に形成される長周期的な空間構造です。この周期はツイスト角 $\theta$ に大きく依存し、$\theta$ が小さくなるほど周期は長くなります。特に、特定の小さなツイスト角(マジック角)では、モアレポテンシャルによって電子の運動エネルギーが抑制され、エネルギー分散が非常に小さく、実空間で局在化したような「フラットバンド」が形成されます。

このフラットバンドの出現が、モアレ超格子における強相関電子現象の鍵となります。電子間のクーロン相互作用は運動エネルギーに比べて相対的に大きくなり、この系を強相関電子系として扱えるようになります。バンドフィリング(バンド内の電子の占有率)を制御することで、超伝導相だけでなく、モット絶縁体相、電荷密度波相、磁気秩序相など、多様な相関電子相が現れることが多くのモアレ系で観測されています。

グラフェン系以外では、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)の同種または異種ヘテロ構造(例: WSe$_2$/WS$_2$、MoSe$_2$/WSe$_2$)をツイストさせた系が盛んに研究されています。これらの系では、TMDCが持つ強いスピン軌道相互作用や、層間での電荷移動(電荷転移型モアレ超格子)といった、グラフェン系とは異なる物理が加わります。これにより、グラフェン系とは異なるメカニズムに基づくフラットバンドや相関効果が期待されています。

モアレ超格子における超伝導の発現機構

モアレ超格子における超伝導の発現機構は、まだ完全には理解されていませんが、フラットバンドにおける強相関効果に起因すると考えられています。従来のBCS理論がフォノン媒介による引力相互作用に基づいているのに対し、モアレ系では電子間のクーロン相互作用が支配的であり、これが超伝導ペアリングを駆動する可能性があります。これは、銅酸化物高温超伝導体や重いフェルミオン超伝導体など、他の非従来型超伝導体で示唆されている機構と類似しています。

具体的なペアリングメカニズムとしては、スピンフリッピングや軌道間の相互作用、あるいは特定の相関秩序の量子臨界点近傍での揺らぎなどが提案されています。モアレ超格子では、ツイスト角やゲート電圧によってバンド構造やクーロン相互作用の相対的な強さを精密に制御できるため、様々な相関電子相の近傍で超伝導が出現する様子を系統的に調べることが可能です。

例えば、ツイスト角をわずかに変化させることで、モット絶縁相の隣接相として超伝導相が出現したり、特定のバンドフィリングで超伝導転移温度が極大を示したりするなどの現象が観測されています。これは、超伝導が単なる孤立した現象ではなく、他の相関電子相と密接に関連していることを示唆しています。

グラフェン系以外のモアレ超格子超伝導体

MATBGの発見後、TMDCヘテロ構造などのグラフェン以外のモアレ系でも超伝導が報告されています。TMDC系では、グラフェン系よりも強いスピン軌道相互作用が存在するため、ペアリング対称性や超伝導状態の磁場応答に違いが見られます。例えば、いくつかのTMDCモアレ系では、面内磁場に対する超伝導相の応答が、軌道効果よりもパウリ常磁性限界に強く制限される振る舞いを示しており、これはスピンシングレットペアリングに加えてスピン三重項ペアリング成分の存在を示唆する可能性があります。

また、異なる種類のTMDCを組み合わせたヘテロ構造では、層間に電荷が転移し、一方の層がドープされた状態になりながらモアレ超格子を形成します。このような系でもフラットバンドが出現し、超伝導が観測されています。これらの系は、異なる電子相や相互作用の組み合わせが可能であり、超伝導の多様な発現機構を探求する新たな道を開いています。

挑戦と今後の展望

モアレ超格子超伝導体は、新しい非従来型超伝導のメカニズムを探求する上で非常に魅力的な舞台ですが、いくつかの課題も存在します。理論的には、非常に長いモアレ周期と強い相関効果を同時に扱う計算手法の開発が必要です。実験的には、均一なツイスト角を持つ大規模な試料を作製すること、超伝導相の微視的な性質(例: ペアリング対称性、ギャップ構造)を詳細にプローブする技術(例: 高分解能STM/STS、ARPES、非弾性散乱、熱輸送測定など)の適用が求められます。

これらの系における超伝導は、量子計算や超伝導スピントロニクスなどの応用においても大きな可能性を秘めています。例えば、モアレ超格子における相関絶縁体と超伝導体を組み合わせることで、新しいタイプのジョセフソン接合や超伝導量子ビットが実現できるかもしれません。また、トポロジカルな性質を持つTMDC系との組み合わせは、トポロジカル超伝導体やマヨラナ粒子の探索にも繋がる可能性があります。

モアレ超格子超伝導体の研究はまだ比較的新しい分野ですが、その急速な進展は、超伝導物理の基礎理解に貢献し、新しい機能性超伝導材料やデバイスの開発に繋がる重要な知見をもたらすことが期待されます。

結論

モアレ超格子は、ツイスト角という新しい自由度によって電子状態、特にフラットバンド構造を精密に制御することを可能にし、二次元物質における強相関電子物理と超伝導研究に革命をもたらしました。グラフェン系に始まったこの研究分野は、現在ではTMDCヘテロ構造などの他の物質系にも広がりを見せており、多様な超伝導機構や関連する相関電子相の探索が進んでいます。

モアレ超格子超伝導体は、従来のBCS機構に留まらない非従来型超伝導の有力な候補であり、その研究は超伝導の基礎理論の深化に貢献すると同時に、将来的な量子技術への応用にも繋がり得る重要なテーマです。今後のさらなる研究によって、これらの系における超伝導の微視的なメカニズムが解明され、新しい材料やデバイスの設計指針が得られることが期待されます。