超伝導技術の裏側

超伝導体における磁気量子臨界性:競合する秩序と非従来型超伝導の物理

Tags: 超伝導, 磁気秩序, 量子臨界性, 非従来型超伝導, 強相関電子系

はじめに:磁気秩序と超伝導の微妙な関係

超伝導は、多くの固体物質において低温で発現する驚くべき現象であり、電気抵抗がゼロになるというマクロな量子状態です。リニアモーターカーに代表される大規模応用から、精密計測や量子計算に至るまで、その応用範囲は広範に及びます。しかし、その根源にある物理は多様であり、特にリニアのような大規模電流輸送とは異なる、物質内部の電子状態や相関に起因する超伝導現象の理解は、凝縮系物理学における主要なテーマであり続けています。

多くの物質において、超伝導は磁気秩序(強磁性、反強磁性など)と競合、あるいは共存することが知られています。特に、温度を絶対零度に近づけた際に磁気秩序相転移が起こるような系、すなわち磁気量子臨界点(Quantum Critical Point, QCP)近傍では、超伝導状態がしばしば観測されます。この量子臨界性近傍で超伝導が発現するメカニズムは、フォノン媒介による従来のBCS理論では説明できない場合が多く、非従来型超伝導の主要な舞台の一つとして活発な研究が進められています。本稿では、この磁気量子臨界性と超伝導の関連に焦点を当て、その物理的なメカニズム、関連する材料系、および実験的な知見について解説します。

磁気量子臨界点近傍の物理:非フェルミ液体とスピン揺らぎ

量子臨界点とは、温度を絶対零度(T=0 K)としたときに、物質が量子力学的な揺らぎによって相転移を起こす点です。有限温度での相転移が熱的な揺らぎによって駆動されるのに対し、量子相転移は量子的な揺らぎによって駆動されます。磁気QCPは、磁気秩序相がT=0で消失するようなパラメータ(圧力、磁場、化学組成など)空間上の点です。

磁気QCPの近傍、特に温度と量子揺らぎのエネルギーが同程度になる領域では、物質の電子状態は従来のフェルミ液体理論から逸脱した振る舞いを示すことが知られており、「非フェルミ液体 (Non-Fermi Liquid, NFL)」と呼ばれます。非フェルミ液体では、電子の準粒子描像が崩壊し、その物理量はフェルミ液体とは異なる普遍的な振る舞いを示すことがあります。例えば、電気抵抗が温度の線形関数に比例したり ($\rho \propto T$)、比熱の温度依存性が $C/T \propto \ln(1/T)$ や $T^{-1/2}$ のように発散したりする振る舞いが観測されます。

この非フェルミ液体挙動の起源の一つは、量子臨界点近傍で増大する遍歴的なスピン揺らぎ(磁気モーメントのダイナミクス)であると考えられています。スピン揺らぎは、特定の波数ベクトルとエネルギーを持つモードとして励起され、電子間の相互作用を媒介します。この増大したスピン揺らぎが、通常のフォノン(格子振動)に代わって、電子間に引力的な相互作用をもたらし、クーパー対を形成することで超伝導を発現させると考えられています。

磁気揺らぎ媒介による超伝導ペアリング

スピン揺らぎによる超伝導メカニズムは、BCS理論のフォノン媒介機構といくつかの点で対照的です。BCS理論では、電子はフォノンを介して同符号の電子間に引力を受け、波数空間のフェルミ面全体で等方的なs波のペアを形成する傾向があります。一方、スピン揺らぎは一般的に波数依存性が強く、特に反強磁性的なスピン揺らぎ(隣接するスピンが逆平行になろうとする揺らぎ)は、フェルミ面上の特定の場所にある電子間に強い斥力を及ぼす一方で、異なる場所にある電子間には引力を及ぼす可能性があります。

反強磁性QCP近傍では、スピン揺らぎは波数空間の反強磁性的秩序ベクトルに対応する領域で強くなります。このような揺らぎは、波数空間において反強磁性的秩序ベクトルだけ離れた位置にある電子間に有効な相互作用をもたらします。この相互作用は、しばしば符号を反転させたs波(extended s-wave)や、d波、p波のようなノード(ギャップがゼロになる点や線)を持つ非従来型対称性のペアリング状態を有利にすると理論的に予測されています。特に、銅酸化物高温超伝導体や鉄系超伝導体で観測されるd波や符号反転s波のようなギャップ構造は、それぞれの物質系におけるスピン揺らぎとの関連が指摘されています。

強磁性QCP近傍では、スピン揺らぎは波数空間のΓ点(k=0)近傍で強くなります。このような揺らぎは、同方向のスピンを持つ電子間に引力的な相互作用をもたらす傾向があり、スピン三重項状態(スピンの合計がS=1となるペア)のペアリング(例えばp波やf波)を有利にすると考えられています。ストロンチウムルテネイト(Sr$_2$RuO$_4$)などは、スピン三重項超伝導の候補物質として、強磁性揺らぎとの関連が議論されています。

これらのスピン揺らぎ媒介超伝導機構の詳細は、物質の電子バンド構造、フェルミ面の形状、スピン感受率の波数・エネルギー依存性など、物質固有の性質に強く依存します。

具体的な材料系と実験的証拠

磁気量子臨界点近傍で超伝導が観測される代表的な物質群には、以下のようなものがあります。

  1. 重いフェルミオン系: セリウム(Ce)やイッテルビウム(Yb)などの希土類元素やウラン(U)を含む金属間化合物です。局在したf電子と伝導電子の混成によって重い準粒子が形成され、これらの物質では反強磁性秩序が遍歴的なスピン密度波秩序と局在的なモーメント秩序の両方の性質を持つことがあります。CeCu$_2$Si$_2$は発見された最初の重いフェルミオン超伝導体であり、反強磁性QCP近傍で超伝導が発現します。YbRh$_2$Si$_2$では、磁場を印加することで反強磁性秩序を抑制し、磁場誘起QCP近傍で超伝導が出現することが報告されています。これらの系では、比熱や電気抵抗測定によるNFL挙動の観測、NMRやμSRによるスピン揺らぎの評価、STM/STSやARPESによる超伝導ギャップ構造のプローブなど、多角的な実験によってスピン揺らぎ媒介超伝導や非従来型ペアリングの証拠が蓄積されています。

  2. 鉄系超伝導体: 鉄砒素化合物や鉄セレン化物などを含む物質群です。これらの物質の多くは、磁気秩序(通常はスピン密度波秩序)と超伝導が近接した相図を持ち、磁気相転移点近傍で超伝導が発現します。中性子散乱実験によって観測される強い反強磁性スピン揺らぎが、超伝導ペアリングの主要な媒介機構であると考えられています。ARPESやSTM/STSを用いた実験は、これらの系が多バンド性を持つこと、および超伝導ギャップがバンドやフェルミ面によって異なる符号を持つ符号反転s波的である可能性を示唆しており、これはスピン揺らぎ媒介機構の重要な特徴と一致します。

  3. その他の候補物質: 有機超伝導体の一部や、層状コバルト酸化物(Na$_x$CoO$_2$・yH$_2$O)、パイロクロア酸化物カドミウムオスミウム(Cd$_2$Re$_2$O$_7$)など、様々な物質系で磁気QCP近傍での超伝導が報告されており、それぞれの物質固有の電子構造やスピン揺らぎがペアリング機構にどのように影響するか、詳細な研究が進められています。

これらの実験的知見は、磁気揺らぎが超伝導の有力な媒介機構であり、それが非従来型ペアリングを駆動することを示唆していますが、個々の物質におけるペアリング対称性の詳細や、磁気秩序との微視的な競合・共存メカニズムについては、依然として多くの未解明な点があります。

理論的課題と今後の展望

磁気量子臨界性近傍における超伝導の理論的な記述は非常に困難です。量子臨界領域では準粒子描像が崩壊するため、従来のフェルミ液体理論に基づく枠組みでは不十分となります。量子臨界点の近くでは、秩序変数(この場合は磁化やスピン密度)の揺らぎが強く、その揺らぎと電子との結合が電子の自己エネルギーを強く renormalized し、非フェルミ液体的な振る舞いを引き起こします。このような強く相関した系でのクーパー対形成メカニズムを解明するためには、場の理論、数値計算手法(例: 量子モンテカルロ法、密度行列繰り込み群)、あるいは新しい理論的な枠組みの開発が必要です。特に、複数の競合する秩序(磁気、電荷、構造など)が存在する場合、それらの相互作用が量子臨界性や超伝導にどのように影響するかを理解することは、複雑な相図を持つ多くの物質の物性を解明する上で極めて重要です。

今後の展望としては、新たな材料探索を通じて、様々な種類の磁気QCP近傍超伝導体を発見すること、そして最新の実験手法(例: 高分解能・時間分解測定、非弾性X線散乱、極限環境下での測定)を用いて、スピン揺らぎスペクトルの詳細な構造、超伝導ギャップの波数依存性、および量子臨界領域における電子相関の性質をより詳細に明らかにすることが挙げられます。これらの実験的知見と理論研究が連携することで、磁気量子臨界性から創発する非従来型超伝導の本質的な理解がさらに深まることが期待されます。これは、室温超伝導のような革新的な超伝導物質の設計指針を得る上でも、重要な基礎となり得ます。

まとめ

磁気量子臨界性近傍で発現する超伝導は、強相関電子系における磁気秩序と超伝導の深い関連性を示す現象であり、非従来型超伝導の有力な舞台です。量子臨界点近傍で増大する遍歴的なスピン揺らぎが電子間に引力を媒介し、非フェルミ液体的な環境下で特徴的な非従来型ペアリング状態を形成すると考えられています。重いフェルミオン系や鉄系超伝導体などを中心に実験的な証拠が集められていますが、その微視的なメカニズムの全容解明には、理論・実験の両面からのさらなる研究が必要です。この分野の研究は、超伝導だけでなく、強相関電子系全般における量子多体現象の理解を深める上でも、極めて重要な位置を占めています。

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