超伝導技術の裏側

重いフェルミオン超伝導体の物理:強相関電子系における非従来型ペアリングとその特性

Tags: 重いフェルミオン, 超伝導, 強相関電子系, 非従来型超伝導, 凝縮系物理, f電子

はじめに

超伝導現象は、その発見以来、基礎物理学における重要な研究対象であり続けています。特に、従来のBCS理論の枠組みでは説明が困難な「非従来型超伝導体」の研究は、多体効果や量子相転移といった凝縮系物理学の根源的な課題と深く結びついており、活発に進められています。高速鉄道への応用で一般的に知られるニオブチタン合金のような従来の超伝導体とは異なり、これらの非従来型超伝導体は、リニア以外の多様な物理現象や応用の可能性を秘めています。

本稿では、非従来型超伝導体の重要なクラスである重いフェルミオン超伝導体に焦点を当てます。重いフェルミオン系は、希土類やアクチノイドを含む金属間化合物に見られる特異な電子状態です。伝導電子と局在f電子の間に働く強い相関が、室温付近の通常の金属状態から、低温で有効質量が自由電子質量の数百倍にも達する「重い準粒子」状態へとクロスオーバーさせます。この重い準粒子が形成するフェルミ液体の中で発現する超伝導は、しばしば既存の理解を超える非自明なペアリング機構に基づいています。

大学の研究者の皆様、特に凝縮系物理、超伝導理論、材料科学を専門とされる方々に向けて、重いフェルミオン超伝導体の基礎物理、その特異な超伝導ペアリングの性質、そしてそれを明らかにするための実験的手法や最新の研究動向について、深く掘り下げて解説を進めてまいります。

重いフェルミオン状態の基礎物理

重いフェルミオン系は、一般的に希土類元素(Ce, Yb, Euなど)やアクチノイド元素(U, Np, Puなど)を含む金属間化合物に現れます。これらの元素の持つ局在的な4fまたは5f電子は、伝導電子との間に強い交換相互作用(s-f交換相互作用)を持ちます。温度が高い領域では、f電子は独立した局在スピンとして振る舞いますが、温度が下がると、伝導電子がfスピンを遮蔽する近藤効果が顕著になります。単一不純物としての近藤効果は低温で電気抵抗の対数的な増加を引き起こしますが、重いフェルミオン系のようにf電子が周期的に配列した系(近藤格子)では、格子全体としてのコヒーレンスが生まれ、低温で電気抵抗がピークを迎え、さらに温度を下げると金属的な振る舞いへと転じます。

この金属的な低温相における電荷担体は、局在f電子と伝導電子がハイブリダイズした「重い準粒子」です。有効質量が極めて大きいため、これらの準粒子は非常に狭いバンド幅を持ち、低温での比熱係数 $\gamma$ が通常の金属に比べて桁違いに大きくなるという特徴を示します($C \approx \gamma T$)。これは、フェルミ準位近傍に状態密度が集中していることを意味します。

重いフェルミオン系におけるf電子間の相互作用は、RKKY相互作用(伝導電子を介した間接的な交換相互作用)として働くことが多く、多くの場合、反強磁性秩序を示します。超伝導は、この強相関と磁気的な揺らぎが強く関連した状態で発現することが多く、そのペアリング機構は従来のフォノン媒介とは異なると考えられています。

重いフェルミオン超伝導体の非従来型ペアリング

重いフェルミオン超伝導体の最も特徴的な側面の1つは、その超伝導ペアリングが非従来型であるという点です。これは、超伝導を引き起こすクーパーペアの波動関数がs波以外の対称性(例えばp波、d波、f波など)を持つことを意味します。このような非s波ペアリングは、超伝導エネルギーギャップがフェルミ面上ですべてゼロにならない「ノード」を持つことが多く、様々な物理量を低温で非べき的な温度依存性(例えば、比熱やスピン緩和率が指数関数的ではなくべき乗則で減少)を示す原因となります。

非従来型ペアリングのメカニズムとしては、磁気的な揺らぎや価数的な揺らぎがクーパーペアを形成する媒介となるというシナリオが有力視されています。例えば、CeCu2Si2のような初期の重いフェルミオン超伝導体や、CeRhIn5のような物質では、超伝導が反強磁性秩序の近傍や内部で発現することが知られており、反強磁性スピンの揺らぎがペアリングの糊(グルー)として機能している可能性が指摘されています。UPt3のように複数の超伝導相を持つ物質では、超伝導相図が磁場や圧力によって複雑な構造を示し、これは複数の異なるペアリング対称性を持つ超伝導相が隣接していることを示唆しています。UPt3の超伝導ペアリングは、奇パリティf波である可能性が実験的に強く支持されています。

非従来型ペアリングの対称性を決定することは、その超伝導機構を理解する上で極めて重要です。これには、NMR(Knight shiftや$1/T_1$)、比熱、熱伝導率、ミュオンスピン回転($\mu$SR)、角度分解光電子分光(ARPES)、走査型トンネル顕微鏡(STM)といった様々な実験手法が用いられます。例えば、NMRのKnight shiftの測定は、スピンシングレットペア(s波, d波など)であれば超伝導転移温度以下で減少するのに対し、スピン三重項ペア(p波, f波など)では変化しない、あるいは増大するといった情報を提供します。また、低温での比熱や熱伝導率の温度依存性は、エネルギーギャップにノードが存在するかどうか、存在する場合その種類(点ノードかラインノードか)に関する示唆を与えます。

具体的な物質系と最近の研究動向

重いフェルミオン超伝導体は多岐にわたりますが、いくつかの代表的な物質系を挙げ、その特異な性質と関連研究を紹介します。

これらの物質系以外にも、多数の重いフェルミオン超伝導体が発見されており、それぞれが異なる結晶構造、f電子の状態、そして超伝導特性を示します。最近の研究では、重いフェルミオン系におけるトポロジカル超伝導の可能性や、非平衡状態での振る舞いなども探求されています。

まとめと展望

重いフェルミオン超伝導体は、強相関電子系における超伝導という、凝縮系物理学の中心的な課題の1つを提供しています。局在f電子と伝導電子の間の強い相互作用から生じる重い準粒子、そしてその中で発現する非従来型超伝導ペアリングは、従来のBCS理論の枠を超えた物理学を理解するための重要な舞台です。

本稿では、重いフェルミオン状態の基礎、非従来型ペアリングの概念、そして代表的な物質系とその研究動向について概観しました。これらの系における超伝導機構の完全な理解は、依然として未解決の課題を多く含んでいます。特に、磁気的な揺らぎや価数揺らぎといったスピン・電荷の自由度がどのようにクーパーペア形成に寄与するのか、多様な物質系で観測される非s波対称性の起源は何なのか、そして量子臨界点近傍で超伝導がどのように強化されるのかといった問題は、今後の研究の重要な焦点となるでしょう。

重いフェルミオン超伝導体の研究は、超伝導そのものの深遠な理解を進めるだけでなく、強相関電子系における新しい量子相や現象を発見するための肥沃な土壌を提供しています。例えば、新しい超伝導機構の解明は、より高い転移温度を持つ超伝導体の探索や、量子計算への応用が期待されるトポロジカル量子コンピュータの実現に向けた重要な示唆を与える可能性があります。リニアモーターカーのような直接的な応用とは性質が異なりますが、重いフェルミオン超伝導体の研究は、物理学のフロンティアを押し広げ、未来の技術革新につながる基礎的な知見を提供し続けていると言えるでしょう。今後のこの分野の発展が、凝縮系物理学全体にどのような新たな展望をもたらすか、注目が集まっています。