グラニュラー超伝導体におけるジョセフソン結合網の量子物性と非従来型超伝導
はじめに
超伝導体は、そのマクロスコピックな量子現象により古くから物理学者の興味を引きつけてきました。リニアモーターカーに代表される大規模な応用は、超伝導体の持つゼロ抵抗や完全反磁性(マイスナー効果)を利用するものですが、超伝導体の研究領域はそれだけに留まりません。特に、微細構造やナノ構造における超伝導現象は、バルクとは異なる興味深い量子物性を示し、基礎研究および新しい機能性デバイスへの応用可能性を秘めています。
本記事では、そうした知られざる超伝導技術の一つとして、グラニュラー超伝導体(Granular Superconductors)に焦点を当てます。これは、超伝導体粒子(アイランド)が絶縁体や別の物質の薄い障壁を介して結合された系の総称です。特に、アイランド間の結合がジョセフソン接合である場合に形成される「ジョセフソン結合網(Josephson Junction Network)」は、バルク超伝導体では見られない特異な量子物性を示すことが知られています。本稿では、この系の物理的な仕組み、特にクーパーペアの局在・非局在転移や量子相転移の概念、そして非従来型超伝導体との関連性について深掘りし、その学術的意義と将来展望について述べます。
グラニュラー超伝導体の構造と基本的な物理
グラニュラー超伝導体は、文字通り「粒状の」超伝導体であり、微小な超伝導体アイランドが空間的に配列され、互いに弱い結合を介して相互作用する構造を持っています。この結合は、アイランド間の距離や介在する物質の種類によって、トンネル接合、点接触、あるいは単なる狭窄部など、様々な形態を取り得ます。特に、アイランドが絶縁層や常伝導層を介して離れており、クーパーペアがトンネル効果によって隣接するアイランド間を移動する場合、その結合はジョセフソン接合としてモデル化されます。このような系は「ジョセフソン結合網」あるいは「超伝導アレイ」とも呼ばれます。
この系の物理を記述する上で重要なエネルギーパラメータは、各アイランドの静電エネルギー $E_C$ と、隣接するアイランド間のジョセフソン結合エネルギー $E_J$ です。
- 静電エネルギー ($E_C$): クーパーペアがアイランド上に存在することで蓄積されるクーロンエネルギーです。アイランドのサイズが小さいほど、また誘電率が低いほど大きくなります。アイランド上の電荷数 $n$ に対して $E_C = (2e)^2 / (2C)$ と表され、$C$ はアイランドの自己容量です。このエネルギーは、クーパーペアの局在化を促進する要因となります。
- ジョセフソン結合エネルギー ($E_J$): 隣接するアイランド間の超伝導秩序変数(マクロスコピック波動関数)の位相差に依存するエネルギーです。ジョセフソン接合を介したクーパーペアのトンネル確率に関係し、障壁の透過率や接合の面積に依存します。このエネルギーは、クーパーペアの非局在化(位相のコヒーレンス)を促進する要因となります。
これらのエネルギーの相対的な大きさが、グラニュラー超伝導体全体の振る舞いを決定します。バルク超伝導転移温度 $T_{c0}$ を持つアイランドが集合した系全体の超伝導転移温度 $T_c$ は、アイランド単体の $T_{c0}$ よりも低くなることが一般的ですが、構造や結合の強さによっては $T_{c0}$ 付近、あるいは場合によってはそれを超えるような振る舞いを示すことも理論的・実験的に示唆されています。
クーパーペアの局在・非局在転移と量子相転移
グラニュラー超伝導体の最も興味深い物理の一つは、絶対零度付近で観測される「超伝導体-絶縁体転移(Superconductor-Insulator Transition, SIT)」です。特に、ゲート電圧や磁場などの外部パラメータを連続的に変化させることによって、系が常伝導状態から超伝導状態へと転移する様子を制御できます。この転移は、熱的なゆらぎではなく、量子的なゆらぎによって駆動されるため、「量子相転移」として理解されます。
グラニュラー超伝導体におけるSITは、主に二つの競合する効果、すなわち静電エネルギー $E_C$ とジョセフソン結合エネルギー $E_J$ のバランスによって引き起こされます。
- $E_C \gg E_J$ の場合: 静電エネルギーが支配的である場合、クーパーペアは個々のアイランド上に強く局在します。隣接するアイランドへのトンネル(ジョセフソン結合)に必要なエネルギー障壁が高くなるため、クーパーペアはネットワーク全体を自由に移動できません。この状態では、系はマクロスコピックな超伝導相関を持たず、絶縁体的な振る舞いを示します。
- $E_J \gg E_C$ の場合: ジョセフソン結合エネルギーが支配的である場合、クーパーペアはアイランド間を容易にトンネルでき、ネットワーク全体にわたって位相のコヒーレンスが確立されます。これにより、ゼロ抵抗を示すマクロスコピックな超伝導状態が実現します。
したがって、外部パラメータ(例えばゲート電圧によって $E_C$ を調整する、あるいは磁場によって有効な $E_J$ を変調する)を変化させることで、$E_C/E_J$ の比を制御し、クーパーペアの局在相(絶縁体)から非局在相(超伝導体)への量子相転移を引き起こすことが可能です。この転移は、ネットワーク全体のマクロスコピックな波動関数の位相揺らぎと振幅揺らぎの競合として理解され、Boseガラス相や超流動相といった概念を用いた理論的な解析が進められています。
非従来型超伝導体との関連性
グラニュラー超伝導体の研究は、アイランド自体が非従来型超伝導体である場合、さらに複雑で興味深い様相を呈します。例えば、d波超伝導体アイランドで構成されたネットワークや、スピン三重項超伝導体アイランドのネットワークなどが考えられます。
アイランド内のクーパーペアリングが非従来型である場合、そのペアリング対称性がジョセフソン結合を介して隣接するアイランドへどのように伝播・影響するかが問題となります。非従来型超伝導体では、秩序変数に符号反転や異方性が存在するため、特定の配向や界面構造を持つジョセフソン接合を介した場合、結合エネルギー $E_J$ の符号が負になったり、フラストレーションが生じたりすることが理論的に予測されています。このようなネットワークにおける負の $E_J$ やフラストレーションは、通常の超伝導ネットワークとは異なる基底状態や励起状態(例えば半整数磁束量子状態など)を誘起し、新しい量子物性を発現させる可能性を秘めています。
また、グラニュラー構造における不均一性は、非従来型超伝導体特有のペアリング状態を安定化させたり、あるいは逆に破壊したりする影響も持ち得ます。材料設計の観点からは、グラニュラー構造を精密に制御することで、バルク状態では観測困難な非従来型ペアリング特性を顕在化させたり、新しい超伝導相を人工的に創出したりする試みも行われています。
実験的なアプローチと応用展望
グラニュラー超伝導体の研究は、微細加工技術の進展によって大きく加速されました。電子ビームリソグラフィーや集束イオンビームなどの技術を用いることで、超伝導体薄膜を微細なアイランド状にパターン形成し、アイランドサイズ、間隔、そしてアイランド間の結合を制御した人工的なグラニュラー構造を作製することが可能になりました。
実験的には、このような構造の電気伝導特性(抵抗率、電流-電圧特性)、磁化特性、比熱などを測定し、量子相転移や超伝導状態の詳細を調べます。特に、低温・強磁場下での電気伝導測定は、量子相転移ダイアグラムを構築するために不可欠です。走査型プローブ顕微鏡(STM/STS)を用いた局所的な超伝導ギャップ測定は、アイランド単体の超伝導性や、ネットワーク内での超伝導状態の空間的な分布を理解する上で強力な手法となります。
グラニュラー超伝導体が持つ特異な量子物性は、様々な応用への可能性を秘めています。
- 高感度センサー: ジョセフソン結合網は外部磁場に対して非常に敏感に応答するため、超高感度磁気センサー(SQUIDの原理に基づきつつ、より微細・集積化に適した形態)として利用できる可能性があります。
- 量子コンピュータ: グラニュラー構造における超伝導アイランドは、電荷自由度や位相自由度を用いた超伝導量子ビットの構成要素として研究されています。特に、ゲート電圧による電荷制御が容易である点は魅力的です。
- THz波検出器: ジョセフソン接合アレイはTHz帯の電磁波に対して非線形応答を示すため、高効率なTHz波検出器やミキサーとしての応用が期待されます。
- 新しい概念の超伝導素子: クーパーペアの量子相転移を利用した新しいスイッチング素子など、従来の超伝導エレクトロニクスとは異なる原理に基づく素子開発の可能性が探られています。
結論
グラニュラー超伝導体におけるジョセフソン結合網は、超伝導アイランド間の相互作用を通じて発現する、豊かで複雑な量子物性の宝庫です。クーパーペアの局在・非局在転移を始めとする量子相転移現象は、凝縮系物理学における基本的な課題である相互作用と秩序の競合を理解する上で極めて重要な研究対象です。また、非従来型超伝導体との組み合わせは、新しいペアリング状態や量子相の出現を示唆しており、学術的な興味は尽きません。
これらの系を理解し制御するためには、精密なサンプル作製技術、極低温・強磁場での電気輸送測定、そして局所プローブ技術といった最先端の実験手法が不可欠です。同時に、理論的なモデル構築や数値シミュレーションによる量子多体効果の解析も不可欠な要素となります。
グラニュラー超伝導体の研究は、リニアのような大規模なエネルギー輸送とは直接的には関連が薄いかもしれませんが、超伝導体の持つ量子的な側面を深く理解し、将来の量子技術や高機能デバイスへ繋がる基礎を築く上で、計り知れない価値を持っています。今後も、材料科学、物性物理学、そしてデバイス工学の境界領域において、この分野の研究は更なる発展を遂げていくことでしょう。