強磁性超伝導体の物理:競合秩序の共存メカニズムと非従来型ペアリング
はじめに:競合する秩序の共存という謎
超伝導は、特定の物質が臨界温度以下で電気抵抗ゼロとなる巨視的な量子現象であり、BCS理論に代表されるように、通常は電子間に引力が働きクーパーペアを形成することで実現されます。一方、強磁性は、電子のスピン間に相互作用が働き、全体として巨視的な磁化を持つ状態です。強磁性体内部には大きな内部磁場が存在するため、通常、クーパーペア(特に一重項ペア)はパウリ常磁性効果によって破壊され、超伝導は抑制されます。これは、クーパーペアがスピンが逆向きの電子(アップスピンとダウンスピン)で構成されるため、内部磁場がこのペアを分解しようとする力として働くからです。
しかしながら、ごく一部の物質では、この通常は競合するはずの強磁性と超伝導が、同一の物質内で共存する現象が観測されています。これらの物質は「強磁性超伝導体」と呼ばれ、凝縮系物理学における最も興味深い研究対象の一つとなっています。これらの物質における超伝導は、従来のBCS理論では説明できない非従来型超伝導である可能性が高く、その共存メカニズムやペアリング対称性の解明は、超伝導研究のフロンティアを切り拓く上で極めて重要です。
本稿では、リニアモーターカーなどで応用されている従来の超伝導技術とは異なり、基礎物理学的な挑戦として注目されている強磁性超伝導体に焦点を当て、その特異な物理、微視的な共存メカニズム、そして可能性のある非従来型ペアリングについて、これまでの研究成果を基に深く掘り下げます。
強磁性超伝導体の物質クラスと共存の様態
強磁性超伝導体として知られている物質は非常に限られており、主にウラン(U)を基底とする化合物や、特定の酸化物超伝導体が挙げられます。代表的な物質系としては、UGe₂, URhGe, UCoGeなどのU系化合物が挙げられます。これらの物質は、超伝導転移温度(Tc)が強磁性転移温度(キュリー温度、Tc_ferro)よりも低いか、あるいは超伝導が強磁性相内部で発現するという特徴を持ちます。
共存の様態は物質によって異なります。 * UGe₂: 強磁性相(Tc_ferro ≈ 52 K)の内部で、加圧下において超伝導(Tc ≈ 0.8 K)が観測されます。強磁性秩序と超伝導秩序が微視的に同一領域で共存していると考えられています。 * URhGe: 弱い強磁性相(Tc_ferro ≈ 9.5 K)の内部で、Tc ≈ 0.25 Kで超伝導が観測されます。磁場応答が極めて異方的であり、ゼロ磁場近傍で超伝導が発現する点が特徴です。磁場印加によってTcが一度抑制された後、高磁場で再び超伝導が出現する「再entrant超伝導」も観測されています。 * UCoGe: 弱い強磁性相(Tc_ferro ≈ 2.5 K)の内部で、Tc ≈ 0.5 Kで超伝導が観測されます。URhGeと同様に、強い磁場異方性を持ち、再entrant超伝導も観測されます。
これらの物質系では、強磁性モーメントが比較的小さい(数十分の1 µB程度)ことが多く、この小さなモーメントが超伝導との共存を可能にしている一因と考えられています。ただし、共存の微視的なメカニズムは依然として議論の的となっています。単なる相分離ではなく、超伝導の秩序変数と強磁性の秩序変数が互いに影響を及ぼし合いながら微視的に共存している、あるいは同じ電子が両方の秩序に関与している可能性が示唆されています。
微視的な共存メカニズムと実験プローブ
強磁性超伝導体における「共存」が単なるマクロな相分離ではないことを示す重要な実験的証拠がいくつかあります。
ミュオンスピン回転 (μSR) 法: μSRは、超伝導体内部の微視的な磁場分布をプローブする強力な手法です。強磁性超伝導体におけるμSR測定は、超伝導転移温度以下で内部磁場分布がブロードニングすることを示しており、これは超伝導体中に磁束格子が形成されていることを示唆します。さらに重要なのは、この磁場分布のブロードニングが、常磁性相に見られる磁気秩序からの内部磁場とは異なる振る舞いをすることです。これは、超伝導と強磁性秩序が微視的に混在している、あるいは相互作用している証拠と考えられます。また、μSRによって観測される内部磁場は、強磁性モーメントによって生じる均一な磁場とは異なり、超伝導によって生じる不均一な磁場成分(磁束格子)と、強磁性による磁場が複雑に絡み合ったものであることが示されています。
核磁気共鳴 (NMR) / 核四重極共鳴 (NQR): NMR/NQRは、原子核レベルで局所的な磁気的・電気的環境をプローブします。強磁性超伝導体におけるNMR/NQR測定は、超伝導転移温度以下でのナイトシフトやスピン緩和率の振る舞いを調べることで、クーパーペアのスピン状態に関する情報を提供します。多くのs波超伝導体では、超伝導ギャップ形成に伴いナイトシフトが低下しますが、強磁性超伝導体ではナイトシフトが低下しないか、あるいは磁場印加方向に依存した振る舞いを示します。これは、クーパーペアがスピン自由度を持つ、すなわちスピン三重項ペアリングである可能性を強く示唆します。また、NMR緩和率 (1/T₁) の温度依存性は、超伝導ギャップの対称性や、準粒子の励起スペクトルに関する情報を提供し、非従来型超伝導の証拠となり得ます。
これらの実験結果は、強磁性超伝導体における共存が単なるマクロな相分離ではなく、微視的なレベルでの複雑な相互作用の結果であることを示唆しています。特に、内部磁場が存在するにもかかわらず超伝導が発現していることから、クーパーペアが強い磁場に耐えうる性質を持つ必要があると考えられています。
非従来型ペアリング:スピン三重項超伝導の可能性
強磁性超伝導体における超伝導状態は、その強い磁場耐性から、スピン一重項(シングレット、スピンS=0)ではなく、スピン三重項(トリプレット、スピンS=1)ペアリングである可能性が濃厚です。スピン三重項ペアは、スピンが平行な電子(スピンアップ-アップまたはダウンスピン-ダウン、あるいはその線形結合)で構成されるため、外部磁場や内部磁場に対して強い耐性を持ちます。
スピン三重項ペアリング状態は、超伝導の秩序変数として、スピン自由度と軌道自由度(パリティや運動量空間の構造)の両方を持つベクトル量やテンソル量で記述されます。例えば、スピンS=1のペアリング状態は、全体のスピン角運動量が1である3つの成分(Sz=+1, 0, -1)を持ちます。Sz=±1の状態はスピンが一方向に揃っており、強い磁場に安定であると考えられます。
強磁性超伝導体におけるスピン三重項ペアリングの起源としては、強磁性的なスピン揺らぎを介した引力相互作用や、強いスピン軌道相互作用が重要な役割を果たすと考えられています。特にウラン系化合物では、5f電子が持つ遍歴的な性質と局在的な磁気モーメントの間の微妙なバランスが、独特の強磁性秩序と非従来型超伝導の創発に関与していると推測されています。スピン軌道相互作用は、電子の運動とスピンを結合させ、スピン三重項ペア状態の安定化に寄与する可能性があります。また、非中心対称構造を持つ物質では、ラシュバ型のスピン軌道相互作用がスピン一重項状態と三重項状態を混ぜ合わせることで、非従来型ペアリングが誘起される可能性も指摘されています。
スピン三重項超伝導は、トポロジカル超伝導体の候補としても注目されており、系のエッジや欠陥にマヨラナ粒子(自己共役なフェルミオン)が励起される可能性があります。強磁性超伝導体におけるスピン三重項ペアリングの検証は、これらのエキゾチックな準粒子の探索にもつながる、基礎物理学的に非常に重要なテーマです。
課題と今後の展望
強磁性超伝導体の研究は、多くの興味深い知見をもたらしていますが、未解決の課題も山積しています。
- 共存メカニズムの詳細: 強磁性と超伝導がどのように微視的に共存しているのか、その詳細なメカニズムは物質によって異なると考えられており、統一的な理解には至っていません。相分離なのか、微視的な混在なのか、あるいは新しいタイプの秩序なのか、さらなる実験的・理論的解析が必要です。
- ペアリング対称性の確定: スピン三重項ペアリングであるという証拠は強いものの、具体的なペアリング関数(例: どの運動量依存性を持つSz=+1ペアか)は物質によって異なり、確定には至っていません。磁場中のNMR/NQR、比熱の異方性、熱伝導率、STM/STSによる局所的な電子状態測定などが、ペアリング対称性を詳細に解明する上で重要となります。
- 物質探索と設計: 強磁性超伝導体は非常に稀少です。新しい強磁性超伝導物質の探索や、既存物質のTc向上・物性制御に向けた指針の確立が望まれます。強相関電子系、強いスピン軌道相互作用を持つ系などが探索のターゲットとなり得ます。
- 理論モデルの構築: 実験結果を包括的に説明できる理論モデルの構築は、この分野の大きな課題です。強磁性スピン揺らぎ、遍歴性・局在性、スピン軌道相互作用、結晶構造の詳細などを考慮した、より精密な理論計算が求められています。
- 応用可能性: 現状では極低温でのみ発現し、応用には課題が多いですが、スピン三重項超伝導体が実現する特異な電子状態(例: マヨラナ粒子)は、将来的な量子計算などへの応用ポテンシャルを秘めています。
強磁性超伝導体の研究は、従来の超伝導の枠組みを超えた、強相関電子系、磁性、超伝導、トポロジーといった様々な物理が絡み合う領域であり、凝縮系物理学における最も活発な研究分野の一つです。これらの物質における謎めいた共存現象や非従来型ペアリングの解明は、物性物理学の根本的な理解を深めるだけでなく、新たな超伝導物質や機能性材料開発への重要な示唆を与えるものと期待されています。
まとめ
強磁性超伝導体は、通常競合するはずの強磁性と超伝導が同一物質内で共存する、極めて稀有で興味深い物質系です。U系化合物などに代表されるこれらの物質では、微視的なレベルでの複雑な共存メカニズムが働き、超伝導状態はパウリ常磁性限界を破るスピン三重項ペアリングである可能性が高いと考えられています。μSRやNMRといった微視的なプローブによる実験は、その共存の様態やペアリング対称性に関する重要な情報を提供してきました。
強磁性超伝導体の研究は、スピン三重項超伝導やトポロジカル超伝導といった、非従来型超伝導の根源的な理解に繋がる重要なテーマであり、強相関電子系物理学の最前線を推進しています。その複雑な物理の全貌解明は道半ばであり、今後の物質探索、精密な実験測定、そして理論的な深掘りが、この分野のさらなる発展に不可欠です。