超伝導技術の裏側

強誘電超伝導体の物理:空間反転対称性の破れと秩序の共存・相互作用

Tags: 強誘電体, 超伝導, 空間反転対称性, 非従来型超伝導, 物質科学, 物性物理, SrTiO3, ペアリング対称性

はじめに

超伝導は、電気抵抗がゼロになる現象であり、磁場を排除するマイスナー効果と並んで基本的な量子現象の一つです。リニアモーターカーに代表される強力な磁場発生や送電への応用が広く知られていますが、基礎物理学においては、クーパーペア形成の微視的機構やペアリング対称性の多様性、あるいは他の秩序との競合・共存など、未解明な課題が多く存在します。

本稿では、リニア応用のようなマクロな応用とは異なる視点から、比較的知られざらるも学術的に深い興味を引く超伝導現象の一つである「強誘電超伝導体」に焦点を当てます。強誘電超伝導体は、強誘電性(自発的な電気分極を持つ性質)と超伝導性が同一物質内で共存、あるいは強く相互作用する系を指します。これらの系は、空間反転対称性の破れという共通の物理的特徴を持つことが多く、非従来型超伝導状態や特異な物性を発現する可能性を秘めています。強誘電超伝導体の物理的基礎、主要な物質系、および関連する最新の研究動向について、大学研究者の皆様を読者として詳述いたします。

強誘電性とその超伝導への影響

強誘電性は、多くの場合、結晶構造の格子歪みによって引き起こされる構造相転移に起因します。この相転移により、物質は空間反転対称性を失い、特定の方向に沿った正味の電気双極子モーメント、すなわち自発分極を持つようになります。電子的な機構による強誘電性も存在しますが、超伝導との関連では格子由来の強誘電性がより一般的です。

超伝導体において空間反転対称性が破れることは、クーパーペアを形成する電子の運動量 k と -k の状態が等価でなくなることを意味します。これにより、電子のスピン状態に依存したワイル(Weyl)またはディラック(Dirac)型のスピン軌道相互作用が有効となり、超伝導ギャップ構造に多様性が生まれます。例えば、結晶構造に起因する対称性の破れからはDresselhaus型の、表面や界面、あるいは強誘電分極のような特定の方向への分極からはRashba型のスピン軌道相互作用が誘起され得ます。

強誘電体においては、この自発分極が物質内部に電場を生じさせ、電子系に大きな影響を与えます。この内部電場、あるいは分極に伴う構造的な変化が、超伝導ペアリングの対称性を変調したり、異なるパリティ(偶パリティと奇パリティ)を持つペアリング状態の混合を引き起こしたりする可能性が指摘されています。特に、空間反転対称性の破れた系では、s波のような偶パリティ状態とp波やf波のような奇パリティ状態が混在する「混合パリティ超伝導状態」が実現し得ます。強誘電分極の向きや大きさを制御できれば、この混合比を外部から操作し、超伝導特性を電界によって制御する可能性も生まれます。

主要な強誘電超伝導体材料系

最もよく研究されている強誘電超伝導体の候補物質系の一つに、ペロブスカイト酸化物であるSrTiO₃(チタン酸ストロンチウム)があります。バルクのSrTiO₃は低温で強誘電相転移(正確には反強誘電的な秩序を伴う)を起こし、キャリアをドープしたり酸素欠損を導入したりすることで超伝導を示します。特に、NbドープSrTiO₃(SrTiO₃:Nb)や酸素欠損SrTiO₃(SrTiO₃₋δ)は、非常に低いキャリア密度で超伝導を示すことが知られており、量子臨界性や非従来型超伝導との関連で注目されています。これらの系では、格子振動(フォノン)と電子の相互作用が強誘電相転移や超伝導の発現に深く関わっていると考えられています。キャリア密度の制御によって、強誘電相と超伝導相が近接あるいは共存する相図が観測されており、両秩序の相互作用の舞台として研究されています。

また、SrTiO₃のヘテロ構造界面、特にLaAlO₃/SrTiO₃界面は、二次元電子ガス系として高い移動度と超伝導を示すことで大きな注目を集めました。この界面系は、界面での対称性の破れに起因する強いRashba型スピン軌道相互作用と超伝導が共存する系として、空間反転対称性の破れた超伝導の研究を大きく進展させました。界面における極性 discontinuity が一種の内部電場を生じさせ、これも強誘電性的な性質と関連付けられることがあります。界面における結晶構造の緩和や化学組成の不均一性も、局所的な空間反転対称性の破れや強誘電的な秩序形成に関与していると考えられています。

SrTiO₃系以外にも、CuInSe₂などのカルコゲナイドや、特定の有機分子性結晶において、強誘電性と超伝導性の両立が報告されており、多様な物質系での研究が進められています。これらの物質群は、それぞれ異なる結晶構造や電子状態を持ち、強誘電性および超伝導性の発現機構も異なるため、両秩序の相互作用に関する一般的な理解を深める上で重要です。

非従来型ペアリングと物性

強誘電超伝導体における空間反転対称性の破れは、BCS理論における標準的なs波ペアリングとは異なる「非従来型」の超伝導状態を導き得ます。最も顕著な影響は、クーパーペアの運動量空間での対称性、特にパリティに関わるものです。空間反転対称性の破れた系では、運動量 k における超伝導ギャップ Δ(k) に対して Δ(k) ≠ Δ(-k) となる可能性があります。これは、偶パリティ(Δ(k) = Δ(-k)、例: s波, d波)と奇パリティ(Δ(k) = -Δ(-k)、例: p波, f波)のペアリング状態が運動量空間で混合した状態に対応します。

例えば、Rashba型スピン軌道相互作用が支配的な系では、スピンシングレット(偶パリティ)状態とスピン三重項(奇パリティ)状態が混ざり合ったペアリングが形成され得ます。これは、結晶構造におけるスピンの自由度と運動量の結合が、クーパーペアのスピン・運動量構造に直接影響を与えるためです。このような混合パリティ状態は、通常の超伝導体では見られない特異な物性を発現する原因となります。

具体的な物性としては、以下のようなものが挙げられます。

実験的プローブと理論的アプローチ

強誘電超伝導体の研究では、両秩序の性質を同時に、あるいはその相互作用を明らかにするための様々な実験手法が用いられています。

理論研究においては、第一原理計算を用いて物質固有の電子構造やフォノン分散、強誘電分極と超伝導性の両立可能性を予測・解析します。また、有効模型を用いて、スピン軌道相互作用、強誘電分極、電子相関などが超伝導ペアリングや相図に与える影響を調べ、実験結果の解釈や新しい現象の予測を行います。BCS理論の枠を超えた非従来型超伝導理論や、トポロジカル超伝導理論との連携も不可欠です。

最新の研究動向と課題

強誘電超伝導体の研究は、新しい物質系の探索、強誘電性と超伝導性の相互作用メカニズムの解明、およびデバイス応用への可能性を探る方向で進んでいます。

SrTiO₃系では、極薄膜やナノ構造における超伝導の研究が進展しており、次元性や界面効果が強誘電性と超伝導性の相互作用に与える影響が詳細に調べられています。また、歪みエンジニアリングを用いて、格子歪みを制御することで強誘電相転移温度や超伝導転移温度、さらにはペアリング対称性を変調する試みが行われています。最近では、SrTiO₃にゲート電圧を印加することで、強誘電分極を反転させ、それに伴って超伝導特性が変化する現象が報告されており、電界制御可能な超伝導デバイスへの可能性が示されています。

強誘電体と超伝導体を組み合わせたヘテロ構造や超格子も活発に研究されています。例えば、強誘電体膜を超伝導体膜に積層することで、強誘電体の分極を介して超伝導体に歪みや電場を印加し、その超伝導特性を制御することが試みられています。これは、超伝導状態を外部電場でスイッチングする超伝導電界効果トランジスタや、メモリー機能を持つ超伝導デバイスなど、新しい機能性超伝導デバイスの実現に繋がる可能性があります。

理論面では、強誘電分極が誘起する非中心対称ポテンシャルやスピン軌道相互作用が、ペアリング対称性や励起スペクトルに与える影響に関する詳細な研究が進められています。特に、強誘電相と超伝導相が競合・共存する量子臨界点近傍での物性や、両秩序の秩序変数間の結合メカニズムの解明が重要な課題となっています。また、強誘電超伝導体におけるトポロジカル超伝導状態の候補としての理論的な探索も継続されています。

一方で、多くの強誘電超伝導体候補物質は超伝導転移温度が比較的低いこと、強誘電性と超伝導性が強く相互作用する系の設計指針が十分に確立されていないこと、および結晶成長やデバイス作製における技術的な課題などが存在します。これらの課題克服が、強誘電超伝導体の基礎研究および応用研究の今後の鍵となります。

結論

強誘電超伝導体は、空間反転対称性の破れという共通の物理的特徴を持ち、強誘電性と超伝導性という二つの秩序が共存あるいは相互作用する興味深い物質系です。この相互作用は、非従来型ペアリング状態、超伝導ダイオード効果、スピン・運動量ロッキングといった特異な物性を発現させ、基礎物理学的に非常に豊かな研究対象となっています。SrTiO₃系に代表される具体的な物質系における研究は、両秩序の相互作用メカニズムの解明を進めるとともに、電界による超伝導制御や新しい機能性超伝導デバイスへの可能性を示唆しています。

強誘電超伝導体の研究は、物質科学、物性物理学、デバイス工学に跨る学際的な分野であり、両秩序の共存・相互作用の微視的理解を深めることは、新しい超伝導材料の開発や、既存の超伝導体に新たな機能性を付与する上でも重要な示唆を与えると考えられます。今後、新しい物質系の探索、精密な実験測定、および理論的研究の進展により、強誘電超伝導体に関する理解はさらに深まり、リニア応用とは異なる形で、超伝導技術の新たな地平が拓かれることが期待されます。