超高磁場下超伝導体の物理:磁場誘起超伝導相の探索と非従来型ペアリング機構
はじめに
超伝導は、特定の材料が臨界温度以下で電気抵抗ゼロ、および完全反磁性(マイスナー効果)を示す現象であり、その多くは外部磁場の印加によって破壊されます。外部磁場は超伝導体を構成するクーパーペアの軌道運動に影響を与え、また、電子スピンのゼーマン分裂を通じてペアリングを不安定化させるため、臨界磁場 $H_{c2}$ を超える磁場では超伝導状態は消失するのが一般的です。
しかし、超伝導物理学の frontiers では、この常識に挑戦する、あるいはそれを拡張するような現象が探索されています。その一つが、「磁場誘起超伝導 (Field-Induced Superconductivity: FIS)」と呼ばれる現象です。これは、通常の状態では超伝導を示さない、あるいはより低い磁場で超伝導が破壊されるにもかかわらず、特定の条件下で超高磁場を印加することによって超伝導相が出現・安定化する現象を指します。
磁場誘起超伝導は、従来のBCS理論の枠組みだけでは容易に説明できない場合が多く、非従来型超伝導ペアリング機構や、磁場が電子構造や競合する他の秩序相(例えばスピン密度波や電荷密度波)に与える影響など、多様な物理が関与していると考えられています。本記事では、この磁場誘起超伝導の物理的メカニズム、これまでの主要な研究対象となった材料系、実験的探索の難しさ、およびこの現象が示唆する非従来型ペアリングや理論的課題について深く掘り下げていきます。
磁場誘起超伝導のメカニズム
通常の超伝導体が磁場によって破壊される主要な要因は、軌道効果とパウリ常磁性効果です。軌道効果はローレンツ力によってクーパーペアの重心運動量が変化し、ペアリングを不安定化させます。パウリ常磁性効果は、磁場による電子スピンのゼーマン分裂により、上向きスピンと下向きスピンのフェルミエネルギーがシフトし、スピンが逆向きの電子からなるクーパーペアを不安定化させる効果です。多くの超伝導体では、このパウリ常磁性効果による臨界磁場(パウリ限界 $H_P$)が、軌道効果による臨界磁場を上回ります。
磁場誘起超伝導は、これらの磁場による超伝導破壊機構が、特定の条件下で抑制されたり、あるいは磁場そのものが超伝導にとって有利に働くような状況で発生し得ます。主要なメカニズム候補として、以下の点が挙げられます。
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Jaccarino-Peter機構: 強磁性体や局在スピンを持つ系において、内部交換磁場が外部磁場と反対方向を向いている場合、実効的な磁場が打ち消し合い、パウリ限界を超えるような外部磁場下でも超伝導が安定化する可能性があります。特に強磁性超伝導体や磁性不純物を含む系、超格子などで観測されることがあります。
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FFLO (Fulde-Ferrell-Larkin-Ovchinnikov) 相: パウリ常磁性効果が支配的な場合、スピンアップ電子とスピンダウン電子のフェルミ面は磁場によってわずかにシフトします。通常のBCSクーパーペアは運動量 $\vec{k}$ の電子と $-\vec{k}$ の電子がペアを組みますが、フェルミ面がシフトするとこのペアリングは不利になります。FFLO相では、わずかに運動量差を持つ電子同士がペアを組み、クーパーペア全体としてゼロではない重心運動量を持つ状態が実現すると理論的に予測されています。この状態は空間的に超伝導秩序が変調しており、パウリ限界を超える磁場領域で安定化する可能性があります。FFLO相の存在は長年探索されており、特に低次元のクリーンな超伝導体で実現しやすいと考えられています。
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磁場による競合秩序の抑制: スピン密度波 (SDW) や電荷密度波 (CDW) といった他の秩序相が、超伝導相と競合あるいは共存している系において、外部磁場がこれらの競合秩序を不安定化させることがあります。競合秩序が抑制される結果、超伝導がより広い磁場領域、場合によっては通常は超伝導が消失するような高磁場下で出現・安定化するというシナリオです。
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磁場によるバンド構造の変化: 特定の電子構造を持つ系では、磁場が印加されることによってフェルミ面やバンド構造が変化し、超伝導ペアリングにとって有利な条件が整う可能性があります。例えば、特定の軌道自由度やスピン軌道相互作用が関与する系では、磁場が電子状態を再構成し、新しいペアリングチャネルを開くことが考えられます。
これらのメカニズムは単独で作用することもあれば、複合的に影響し合うこともあります。
代表的な材料系と実験的証拠
磁場誘起超伝導は、様々な材料系で探索・報告されてきました。
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有機超伝導体: (TMTSF)2X (X=PF6, ClO4など) のような擬一次元有機超伝導体は、パウリ限界を超える高磁場下で超伝導相が出現することが報告されており、FFLO相の有力候補として長年研究されています。これらの物質では、角度依存磁気抵抗測定やNMR測定によって、FFLO相に特徴的な空間変調構造やフェルミ面構造の変化が探索されています。特に、磁場方向に対する物性の角度依存性は、低次元系におけるFFLO相の存在を検証する上で重要な情報を提供します。
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重いフェルミオン系: CeCoIn5のような重いフェルミオン超伝導体でも、超伝導相図の磁場-温度平面において、高い磁場領域に特徴的な相が報告されており、FFLO相やそれに類する非従来型相の可能性が議論されています。これらの系は強い電子相関を持つため、磁場が単にスピンや軌道に作用するだけでなく、近藤効果やRKKY相互作用といった相関に由来する物理に複雑な影響を与えることが、磁場誘起現象に関わっていると考えられています。
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他の非従来型超伝導体候補物質: 最近では、新たな種類の超伝導体候補物質(例えば、特定のトポロジカル物質や低次元系)においても、超高磁場下での特異な超伝導応答が報告されており、磁場誘起超伝導の観点から解析が進められています。
これらの現象を実験的に検証するためには、液体ヘリウム希釈冷凍機による極低温技術と、パルスマグネットやハイブリッドマグネットによる超高磁場発生技術が必要です。さらに、超高磁場・極低温環境下で、電気抵抗、磁化、比熱、NMR、STM/STSなどの精密な物性測定を行うための高度な実験技術が不可欠となります。特に、磁場方向を厳密に制御しながら測定を行う角度依存測定は、異方的超伝導体や低次元系における磁場効果を理解する上で重要な手段です。
理論的課題と非従来型ペアリング
磁場誘起超伝導、特にFFLO相の理論的研究は、超伝導理論における重要な課題の一つです。理想的な条件下ではFFLO相の存在が予測されますが、実際の物質に存在する不純物や結晶構造の次元性、電子間の詳細な相互作用などが、FFLO相の実現条件や安定性に複雑な影響を与えます。
また、磁場誘起超伝導は非従来型超伝導ペアリングとの深い関連が示唆される場合があります。例えば、スピン三重項ペアリングを持つ超伝導体は、そのスピン構造のためにパウリ常磁性効果に対して比較的ロバストであることが理論的に予測されており、高磁場下での超伝導安定化に寄与する可能性があります。磁場誘起超伝導相の詳細な物性を調べることは、その物質がどのようなペアリング対称性を持っているかを推測する手がかりとなり得ます。
多バンド系やスピン軌道相互作用の強い系では、磁場が各バンドの電子状態に異なる影響を与えるため、磁場誘起超伝導のメカニズムはさらに複雑になります。理論モデルは、これらの物質固有の電子構造や相互作用を取り込み、実験結果を説明し、新たな磁場誘起超伝導体の候補を予測する必要があります。
将来展望
磁場誘起超伝導の研究は、単に興味深い現象を追求するだけでなく、超伝導がどのように生まれ、どのような要因で安定化・不安定化するのかという超伝導の根源的な理解を深める上で重要です。特に、超高磁場という極限環境下での物質の応答を調べることは、通常状態では隠されている電子間の相互作用や秩序相の性質を顕わにすることがあります。
FFLO相の明確な観測や、Jaccarino-Peter機構を超える新しい磁場誘起メカニズムの発見は、非従来型超伝導ペアリング機構の解明や、新しい超伝導材料の探索に大きな示唆を与えます。また、磁場による秩序制御という観点からは、将来的な機能性材料やデバイス応用(例えば、磁場によって超伝導/常伝導スイッチングを行う素子など、研究段階ではありますが)の可能性も全く否定できません。
超高磁場発生技術と極低温測定技術の進歩、そして新しい物質系の開発・探索が進むにつれて、磁場誘起超伝導の物理は今後ますます豊かな展開を見せるでしょう。この分野の研究は、凝縮系物理学における強相関電子系、トポロジー、非平衡物理など、様々な先端テーマとも密接に関連しており、超伝導研究の新たな地平を拓くものと期待されます。