原子層物質における超伝導:電界誘起・インターカレーション超伝導の物理とその展望
はじめに
超伝導現象は、古くから研究されてきた固体物理学における最も魅惑的なテーマの一つです。その多くはバルク結晶におけるフォノン媒介によるBCS機構、あるいは銅酸化物高温超伝導体に代表される強相関電子系における非従来型機構として理解が進められてきました。リニアモーターカーに代表される大規模な応用は、これらのバルク材料の物性を活用したものです。しかし、物質科学とナノテクノロジーの発展に伴い、物質を極限まで薄くした二次元(2D)系、すなわち原子層物質における超伝導現象への関心が高まっています。これらの系では、バルク物質とは異なる特異な物理が発現し、新しい超伝導のメカニズムや応用への道が開かれています。
本稿では、「超伝導技術の裏側」というサイトコンセプトに基づき、リニアモーターカーのような大規模応用とは性質を異にする、原子層物質における超伝導に焦点を当て、特に電界効果やインターカレーションによって超伝導が誘起されるメカニズム、それに伴う物理現象、そしてその展望について、大学研究者レベルの読者を対象に詳細に解説します。
原子層物質の特異性と超伝導への可能性
原子層物質とは、グラフェン(一層のグラファイト)や遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC、例:MoS₂, WS₂, NbSe₂など)に代表される、厚さが原子数個分(多くは単原子層)の結晶性物質です。これらの物質は、その厚さが極めて薄いため、バルクとは全く異なる電子構造や物性を示します。特に、低次元性による量子閉じ込め効果や、表面・界面における物理が強く寄与することが特徴です。
原子層物質における超伝導への関心は、いくつかの理由から自然な流れと言えます。まず、バルクでは超伝導を示さない物質が、原子層化することで超伝導を発現する可能性があります。これは、次元性の低下による電子構造の変化や、表面・界面効果が電子間の相互作用を変化させることに起因します。次に、原子層物質はその薄さゆえに、外部からの摂動(電界、歪み、化学ドーピングなど)に対して物性が極めて敏感に変化します。これにより、超伝導状態を外部から制御したり、新しい超伝導相を誘起したりすることが可能になります。
電界効果による超伝導の誘起
原子層物質における超伝導誘起の最も強力な手法の一つが、電界効果を用いたキャリアドーピングです。これは、物質を電界効果トランジスタ(FET)構造の一部として組み込み、ゲート電圧を印加することで物質中のキャリア密度を連続的に、かつ広範囲にわたって制御する手法です。バルク超伝導体ではキャリア密度を変えることは容易ではありませんが、原子層物質では容量結合によって比較的容易に大きなキャリア密度変化を実現できます。
特に、酸化物絶縁体(例:Al₂O₃, HfO₂など)を用いた高誘電率ゲートや、イオン液体、固体電解質を用いた電気二重層(EDL)ゲート構造は、非常に高いキャリア密度を誘起することが可能です。EDLゲートを用いたFET構造は、様々な原子層物質で超伝導を誘起することに成功しています。代表的な例としては、SrTiO₃単結晶基板上のLaAlO₃/SrTiO₃界面(これは厳密には異種界面超伝導ですが、2Dライクな性質を示します)や、MoS₂, WS₂, WSe₂, ZrNClなどのTMDCがあります。
これらのFET構造において、ゲート電圧を変化させてキャリア密度を増加させると、ある特定のキャリア密度で超伝導が発現します。Tc(超伝導転移温度)はキャリア密度に強く依存し、通常はキャリア密度の増加とともにTcが上昇し、さらに増加させるとTcが減少するようなドーム型の相図を示すことがあります。これは、従来のバルク超伝導体で化学ドーピングによって見られる現象と類似していますが、電界効果では同一サンプルで連続的にキャリア密度を掃引できる点が実験的に非常に有利です。
電界誘起超伝導の興味深い点は、単なるBCS理論によるキャリア密度効果だけでは説明できない現象が見られることです。例えば、一部のTMDC超伝導体では、強いスピン軌道相互作用と面外方向の電界が組み合わさることで、スピンパリティが破れた「Ising超伝導」と呼ばれる非従来型超伝導状態が実現している可能性が指摘されています。この状態では、電子のスピンが結晶面に対して垂直方向に強くピン止めされ、面内磁場に対するクーパー対の破壊(パウリ常磁性限界)が抑制されることが特徴です。これにより、通常の超伝導体よりも高い面内臨界磁場を示すことがあります。
インターカレーションによる超伝導の誘起
インターカレーションとは、層状物質の層間に外部の原子や分子(インターカラント)を挿入する手法です。この手法も、原子層物質(または複数の層がファンデルワールス力で積層した物質)においてキャリアドーピングや結晶構造の変化を引き起こし、超伝導を誘起あるいは改変するために広く用いられています。
代表的な例はグラファイト層間化合物(GIC)です。アルカリ金属(K, Rb, Csなど)やアルカリ土類金属(Ca, Sr, Ba, Euなど)をグラファイト層間にインターカレートすることで、グラフェン層に電子がドープされ、超伝導が発現します。例えば、KC₈やCaC₆は超伝導体であり、CaC₆では比較的高いTc(約11.5 K)が報告されています。GICにおける超伝導は、グラフェン層由来の電子バンドとインターカラント原子由来の電子バンドが複雑に絡み合った多バンド超伝導として理解されています。Tcの発現には、グラフェン層πバンドへのドーピングに加え、インターカラント原子の格子振動やその軌道の寄与などが重要であると考えられています。
TMDCにおいてもインターカレーションによる超伝導が研究されています。例えば、NbSe₂のような超伝導性TMDCの層間にインターカラントを挿入することで、Tcが変化したり、新しい超伝導相が出現したりします。また、バルクでは超伝導を示さないMoS₂などにアルカリ金属などをインターカレートすることでも超伝導が誘起されます。インターカレーションはキャリアドーピングだけでなく、層間距離の変化や結晶構造の歪みも引き起こすため、超伝導物性の変化は複雑です。
マジックアングルツイストグラフェンにおける超伝導
近年、原子層物質超伝導の研究において、特に大きな注目を集めているのが、二層グラフェンを特定の角度(いわゆる「マジックアングル」、約1.1度)だけ回転させて重ね合わせた「マジックアングルツイスト二層グラフェン (MATBG)」における超伝導です。この系は、上記の電界誘起やインターカレーションとは異なる、新しい超伝導発現の舞台を提供しています。
MATBGでは、二つのグラフェン層の格子がわずかに不整合になることで、原子スケールよりもはるかに長い周期を持つ「モアレ超格子」が形成されます。このモアレ超格子のポテンシャルによって、グラフェンの線形ディラック分散が大きく変調され、特定の電荷密度においてフェルミ速度がゼロに近づく「フラットバンド」が出現します。このフラットバンドは、電子間のクーロン相互作用が運動エネルギーに対して相対的に大きくなる「強相関」状態を実現します。
MATBGにおける超伝導は、まさにこの強相関状態の中で発現します。ゲート電圧によってキャリア密度を調整し、フラットバンドに電子や正孔を充填していくと、モット絶縁体やチャージ密度波などの相が出現し、その近傍で超伝導相が見られます。この振る舞いは、高温超伝導体である銅酸化物や鉄系超伝導体と類似しており、超伝導機構も強相関電子間の相互作用に起因する非従来型である可能性が高いと考えられています。フラットバンドにおける強相関超伝導は、BCS理論が想定するフォノン媒介機構とは根本的に異なり、より高いTcや新しい超流動・超伝導現象(例:奇周波数ペアリングなど)の可能性を秘めており、活発な研究が進行しています。
課題と展望
原子層物質における超伝導研究は、基礎科学的に非常に興味深いだけでなく、様々な応用への可能性を秘めています。電界効果を用いた超伝導のオン/オフスイッチングは、超伝導エレクトロニクスや量子デバイスへの応用が考えられます。特に、二次元性を持つ超伝導体は、将来のフレキシブル超伝導デバイスの基礎となる可能性があります。マジックアングルツイストグラフェンにおける強相関超伝導は、高温超伝導機構の解明や新しいタイプの超伝導体設計に対する重要な示唆を与えています。
しかし、この分野にはまだ多くの課題が存在します。多くの原子層物質超伝導体はTcが比較的低く、超伝導状態を実現するためには極低温が必要です。また、これらの物質は空気や湿気に不安定な場合が多く、デバイス作製や測定には高度な技術が要求されます。超伝導機構に関しても、特に非従来型と考えられる系については、その詳細な物理メカニズムの解明が進行中です。強相関電子系における超伝導は、理論的な理解が極めて難解であり、実験との整合性を取る研究が進められています。
今後の展望としては、より高いTcを持つ新しい原子層超伝導物質の探索、超伝導状態をより効率的かつ高速に制御する手法の開発、そして原子層超伝導体を用いた量子デバイスやエネルギー関連技術(例:ロスレス送電、高効率磁気デバイス)への応用研究が挙げられます。特に、モアレ超格子系のような新しい人工的な物質構造を利用した超伝導研究は、これまでにない超伝導相や現象の発見につながる可能性を秘めており、今後の進展が非常に期待されます。
原子層物質における超伝導は、リニアモーターカーのような可視的な大規模応用とは異なる地平を切り拓く、基礎科学と先端技術が融合したエキサイティングな研究分野です。その「裏側」にある物理は複雑かつ奥深く、今後のブレークスルーが待たれています。